アベルはヴェローナの街にいた。
夕方ゆえ、食材を買い込む婦人や買出しに出ている商人が集まっている。
この人ごみにアベルはここに来た目的を忘れそうになる。
「まったく、何でオレがこんな事……」
身長が低いせいで前がよく見えない。
避難とばかりに近くの小さな雑貨店に入った。


【アベルとレアのホワイトデー】


「そういやお前、あの譲ちゃんにチョコ貰ったんだろ?」
アラギがそんな事を言い出した。
そういえば一ヶ月前、レアはチョコレートを渡してきた。
「早いもんだな。今日はホワイトデーだぜ。何を渡すんだ?」
他人事なのでお返しは当然だと思っているらしい。
バレンタインの時にはからかい、ホワイトでーにはお返しを強要してくる。
「別に。あいつはただ自分が渡したかっただけだろ」
するとアラギは物知り顔で言う。
「ああいう大人しそーな女ほど腹に一物持ってるもんだ」
「レアはそんなんじゃない。……ああ、解かったよ。何かを渡せばいいんだろう」
レアのことを悪く言われたのが気にくわなくて、アベルは地上へと向かった。


「いらっしゃい」
上品そうな店の店主は編み物の手を止めずに顔を上げた。
皺だらけの顔に眼鏡をかけている。
店内には雑貨やなだけあって、用途のわからないものやらすぐ壊れてしまいそうなものやらがごちゃごちゃと並べられている。
アベルがキョロキョロと見回すと婦人は恥ずかしそうに笑う。
「ごめんなさいね。若い子が気に入るものはなさそうだけど……。何をお探しなの?」,br> 「何、と言うか。ホワイトデーのプレゼントを探している」
すると婦人は編み物の手を止めた。
「ということは相手は女の子ね。どんな子かしら?」
椅子から立ち上がってアベルのそばへと歩いてくる。
「栗色の髪に青い瞳。おっとりしていて料理も上手い。よく気がつくし、意外と心の強さもある」
そこまで喋ってはっとする。
婦人はくすくすと笑う。
「私は外見の特徴だけでよかったのに。それだけ細かく見てるって事は、それだけその子が好きなのね」
アベルはバツが悪くなる。
それなら最初から言ってくれればいいのに。
この婦人は只者ではないのかもしれない。
彼女はしばらく笑っていたが、営業用の顔に戻った。
「それなら……そうねぇ。その子は髪は長いの?」
「肩より少し下くらいだ。何かいい物でもあるのか?」
婦人は奥にある棚から古くなって埃の積もった箱を出した。
開けようと蓋に手をかけるだけで埃が舞う。
「ぶっ」
アベルも思わず眉をしかめる。
その箱の中にはレアの瞳と同じ色のリボンが入っていた。
光沢があって柔らかそうだ。
「シルクっていう貴重な布のリボンだよ。これなんてどうかしら?」
確かにレアの髪の色には似合いそうだ。
「……いいな」
アベルはこのリボンをつけたレアを想像した。
そして笑ってくれたら。
凄くいい。
「これは私が気に入った人にしか売らないのよ」
ここではっとする。
アベルたちは金などもっていない。
元々食べなくても生活できるし、武器も奪い取ってきた。
でもこの婦人を手にかけるのは躊躇われる。
「ラッピングもしたからね」
婦人がリボンの入った袋を渡そうとする。
アベルは迷ってしまう。
――奪う。殺す。奪う。殺す。奪う。殺す。奪う。
「あんたみたいな素直な子は久しぶりに見たよ。だからお代はいいよ」
「え?」
婦人は笑顔でアベルにリボンを渡した。


その夜、アラギが出かけたのを見計らってレアを呼んだ。
レアは不思議そうにしている。
「……これ。お返しだ。受け取れ」
アベルはあのリボンをレアに渡した。
袋を開けたレアはとても嬉しそうに笑う。
「アベル様はきっと忘れていると思っていました」
さっそくリボンをつけたレアはアベルの予想よりも可憐だった。
「有難うございます、アベル様!」
そんなレアを見てアベルもご機嫌だ。
「明日、花でも観に行くか」
「え?」
突然アベルがらしくない事を言い出すので、レアは驚いた。
「お前にはいつも世話になってるからな。……嫌か?」
「嫌なわけがありませんよ」
そしてレアはアベルに向かって言うのだった。
「大好きです、アベル様!」









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2013年 3月14日 荘野りず

甘甘ホワイトデーアベレア。
老婦人の出番が長すぎた気がします。
甘くても「好き」とは言わないのがアベルです。



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