外は雪が降り続いている。
ここ数日は、晴れ空を拝んでいない。
曇り空に冷たい雪で、レアは心も身体も冷え切ってしまった。
暖を取ろうにもここは幽葬の地下通路。
薪などあるはずもない。
アベルもアラギもインセストを探しに出かけている。
レアも一緒に行きたいと願い出たのだが、足手まといだと置いてきぼりを食らった。
袖から出ている手をこすり合わせて息をかける。
一瞬だけは温まった気がするがすぐに冷えてしまう。
「……寒い」
レアのそんな独り言は空しく地下通路に響き渡った。


【寒い夜には……】


「ねぇ、今何か聞こえなかった?」
カインは歩みを止めて仲間たちに向き直る。
「何も聞こえなかったぜ」
エクサルが辺りを見回す。
「パスカじゃない?ここいらはアラギ達がいそうだし」
ルカも鞭を持ち直す。
カインたちはルカとザイオンの故郷であるカルヒン族の集落を目指していた。
サンバルテルミが崩壊し、一時だけマティアと再会したカインは、彼女から受け取ったペインリングを首から下げている。
リングは鈍く光る。
「ところで、本当に道は合ってるの?同じところを繰り返し歩いてる気がするんだけど……」
スティエンがザイオンに尋ねる。
「道は合っているはずだ。しかし、コイツのいう事も一理ある。……ルカ、何かおかしくないか?」
「確かに。もう着いてもいいはずよ」
ザイオンとルカは首をひねる。
「あら、みなさん、これを見てください!」
シリアが壁の傷を指さす。
それは何時間か前にスティエンがレイピアでつけた目印だった。
万が一迷子になっても戻ってこられるように、曲がり角ごとに数字を刻み込んである。
「これは……」
一行は呆然とする。
同じところを回っていたのだ。
こんな不自然な傷が自然につくことはあり得ない。
しかもスティエンのサインが入っている。
ルカとザイオンは顔を見合わせる。
「こんなことがあるなんて……」
その時、近くから少女のものらしき悲鳴が聞こえた。
どこかで聞いたことがあるような気がするが、思い出せない。
「行こう!」
カインはライトソードを構えると声のした方へと急いだ。
「ったく。なんで俺が」
ザイオンが愚痴るが、ルカは楽しそうに鞭を構える。
「いいじゃない。土産話になりそうだわ」


レアは間一髪のところでパスカの一撃をかわした。
「きゃあ!」
しかし、バトンを落としてしまう。
唯一の武器が足元を転がる。
パスカたちは隙がなく、とてもではないがレアの手には負えるものではない。
――アベル様!
万事休すか、覚悟を決めようとしても、アベルの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
頭を腕でかばってしゃがみこんだ。
次の瞬間にはパスカの身体が切り刻まれていた。
「!?」
目をつぶっていたレアが再び目を開けると、そこにはアベルがいた。
……いや、そう見えただけで、実際は違った。
「大丈夫?」
そう言って、手を差し出してきたのはカインだった。
翼の色が白い。
「……大丈夫、です」
そう答えるのがやっとだった。
てっきりアベルが助けてくれたのかと嬉しくなった自分がバカみたいだ。
「顔色が悪いぜ。本当に、大丈夫か?」
エクサルがレアを助け起こした。
レアは服の埃を払う。
「ええ、本当に大丈夫です」
「ここで何をしてたの?ヒトが一人でいるところじゃないわよ」
ルカが疑わしげな目を向ける。
レア自身、アベルと一緒でなければ幽葬の地下通路などに進んで入ったりはしない。
いささかムッとした。
「……連れの方とはぐれてしまいまして」
「そうなんだ……。大変だね。ねぇ、みんな。この子が一人じゃ危ないよ。ボクたちも今日はここに泊まろうよ」
カインの提案は有難いものだった。
アベルが帰ってきたらわざわざ探しに行く手間が省けるし、帰ってこなくても護衛として使える。
「貴方方がそうして下さると、大変ありがたいですが……。本当に良いのですか?」
「うん!キミの名前は?」
カインは仲間の意志など聞いていない。
しかし彼らもそれしかないと思っているようだ。
「レアです」


地上にいるアベルはカインの気配を感じた。
「……なんだと?」
同時にレアの心が聞こえた。
レアのしたことはアベルのためを思っての事だ。
だが面白くない。
どうしてそう思うのかは自分でもわからないが、とにかく面白くない。
インセスト探しは全く捗らなかったが、今日は戻ることにした。
レアの手製のスープが飲みたいと切実に思った。


「そのペンダントは……?」
レアはカインの胸元に輝くペインリングを見つめた。
「ああ、これ?大切な人がくれたんだ」
あれから三時間ほどが過ぎ、レアはカインたちの情報をほとんど引き出していた。
サンバルテルミの崩壊の事はアベルは詳しく教えてくれなかったので、嬉しい誤算だ。
「ペインリング、ですね。……そう言えば聞いたことがあります。強い想いを秘めたペインリングは思わぬことを引き落とすと」
レアはせめてもの礼のつもりでアベルから聞いたことを話し始めた。
「思わぬこと?」
カインが聞き返す。
「はい。カインさんたちはカルヒン族の集落というところに行きたいんですよね?想いのこもったペインリングは持ち主を守るそうです」
そこでちらりとカインのペインリングに視線を移す。
鈍く輝くそれは大いなる力を秘めているという貫禄があった。
「目的地が危険なところだからと、リングがカインさんを守ろうと磁場を狂わせているのかもしれません」
ここでルカが話に割って入る。
「ちょっと!あたしはそんな話聞いたことがないよ!」
シリアも頷く。
「……人から聞いた話なので詳しくは解らないのです。ごめんなさい」
「いや、ボクも初対面のキミに色々聞いちゃってごめんね」
カインがしゅんとする。
子犬のようだとレアは思った。
「美味そうな匂いがするなー」
エクサルが集めてきた薪で煮たリゾットが出来あがたようだ。
「皆さんには助けていただきましたし、質素なものですが召し上がってください」
アベルはスープしか飲まないため、リゾットを作ったのは久しぶりだ。
上手く仕上がっているかは自信がなかったが、食事にすることにした。


アベルが帰って来たのはその日の夜遅くだった。
カインの事は解るアベルだが、こんな状況は予想していなかった。
「……最初から説明しろ」
カインたち一行はすでにみんな眠りについている。
アベルからの連絡を受け、起きて待っていたレアは喜んで彼を迎えた。
「はい。おかえりなさい、アベル様。お腹は空いていませんか?」
レアは幽葬の地下通路で初めて大人数での食事を楽しんだ。
しかし、アベルがいないのでは楽しさも半減だ。
「じゃあ貰う。オレが食べている間に話せ」
「今日は色々ありましたからね。まずはカインと出会ったところからお話ししますね」
一通り話をすると、アベルは苦い顔をした。
「なぜペインリングの話などするんだ。あの話はお前だからこそしたんだぞ」
「お怒りは最もです。ですが……何と言いますか、カインの無害さに毒気を抜かれてしまって」
レアは根が優しい。
アベルのように冷徹になろうともなりきれないのだ。
最も、そのアベルもだいぶ甘いのだが。
「いいか、お前が仕えるのはオレだけだ。それは忘れるなよ」
「もちろんです、アベル様。わたしの主人は貴方だけです」
あまりにもきっぱりとレアが言うので、恥ずかしくなる。
「……それにしても、今日は寒いな」
アベルがこんなことを言うのは珍しい。
「そうですね、今日は寒いです」
レアも頷く。
「こんな寒い時にはホットミルクはいかがですか?あいにくと、あと一杯分しかないのですが」
「一杯で十分だ。こうすれば、な」
あらかじめ用意してあったホットミルクを二人で分け合う。
こんなに寒い日には好きな人のぬくもりが何より暖かい。
アベルはレアといて、初めて人の温かさを知った。







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2014年 2月8日 莊野りず

レアの言ってるペインリングが磁場を狂わすというのは、もちろん捏造です。
そんな事があればロマンがあるかなーと。
カインたちを出すと長くなります。
アベレアで甘々にしたかったんですが、ラストだけだし、アベルの出番が少なすぎた。
ほのぼの甘々は大好きです。



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