ホテルにはアキラ、ケイスケ、源泉、そしてトラブルメーカー兼ムードメイカーリンがいた。
外では雪がちらついていて、ほんの少しだが、この荒廃した街を幻想的に彩っている。
「……そういや、もう正月か」
源泉が思い出したように呟く。
「そうだよ。俺まだ未成年だし、お年玉ちょーだい!」
リンが源泉にもたれかかる。
その仕草は普段よりも艶めいた色気を漂わせていた。
「正月?お年玉?……何の事ですか?」
ケイスケがおずおずと尋ねる。
アキラも知らないが、どうせくだらない行事なのだろう。
孤児院で育った子供など、多かれ少なかれ、こんなものではなかろうか。
「何?ホントに知らないの?お正月って俺ら子供にはお得なイベントなんだよ?」
リンは知っているようで、からかい半分に二人を見た。
「……おいリン。まさか俺にたかろうってんじゃないだろうな?俺はタグなんか持ってねぇし」
そう源泉が言った途端に、リンは彼から身体を離した。
「ちぇ。まぁ期待はしてなかったけどさー。地味に傷つく」
『正月』を知らない二人には、この会話についていけない。
リンの『イベント』という言葉だけがアキラの耳に残った。


【ズルの雄猫】


「まぁ、しょうがないんじゃない?孤児院にいたんでしょ、二人とも」
リンのフォローが入るが、そんなものは全然嬉しくない。
「なーんか、正月らしい遊びしたいと思ってるんだよ?でもさ、二人は正月自体知らないじゃん。どうしろってのさ」
リンは不機嫌を露わにし、源泉に非のない非難を浴びせている。
「オッサン、こういう時がオッサンの本性発揮でしょ?」
リンの挑発に源泉は背広からやや撓んだカードの山を取り出した。
かるたの様に見えるがサイズが違う。
それは――花札だった。
「これでどうだ?正月らしいカードゲームだろ?」
リン的には幼い頃から一通り仕込まれているが、ルールはその地によって変わるので、勝ちを確実なものに出来ない、
「ルールは?」
「そうだなぁ、お前さんの好きそうなドンは得点三十まで。他は十点扱い。これでどうだ?」
「オーケー、俺さ、何のどんな勝負でも負ける気がしないんだよね〜」
花札すら知らない二人には気まずい時間だ。
三人でやるものだと言われたケイスケは、一巡目を必死で見ていた。
当然、勝つ為である。
十連続を一セットとしたので、勝者はリンだった。
「へっへ〜ん。俺だけの腕なこんくらい当然!次はオッサンが抜けるんだっけ?」
「……どうぞ、お手柔らかに」
ケイスケがやっと絞り出した声は、どうやらリンには届かなかったらしい。
ケイスケがダントツのビリで負けた。
「ルールがよく解んないよ。よくアキラはついていけるね」
「俺も勘だのみだ」
またしても勝者になったリンは得意顔。
「二人とも初心者なんだからしょうがないよ。さ、次やろ?」
花札ってのも風情があっていいかもね、なんてことを言いながら、彼はカードを混ぜる。


そして、九巡目が終わり、ラストゲーム。
現在はケイスケ以外の三人がほぼ互角。
そこでリンは突然言い出した。
「一人勝ちした奴の命令を他全員が聞くってのは?」
もちろんタグ関係はなしね、と。
「……お前は正月らしい遊び、がしたかったんじゃないのか?」
呆れてみせる源泉。
アキラもほぼ、彼と同じく。
「じゅ〜ぶん正月らしいけど、やっぱ俺的にはスリルも欲しいワケよ。解るでしょ?」
いかにもリンらしい言い分に思わず苦笑する源泉。
アキラもリンと出会ってしばらく経つので、彼の気性は大体了承済み。
「ちょっと待った!」
割り込んできたのはケイスケ。
「そういう事なら俺も参加する!」
――ああ、コイツはアキラ関係の事になると目の色が変わるんだっけ。
他の二人はそう思ってが、当のアキラは気づいていない。
ただ疑問符を浮かべるのみ。
「じゃあアキラの代わりにケイスケ入って。俺が親だね」
花札をランダムに混ぜるリン。
その手つきが妙にゆっくりに見えたのはアキラの錯覚だろうか。
「はい、じゃ順番決めよ」
山から途中の札を取り合う三人。
源泉、ケイスケ、リンの順だ。
「ドン狙いだよね、リンは」,br> 「絶対にそうですね。全力で阻止しましょう」
今までずっと、リンはドンのみで勝っていた。
花札は十分もしないうちに終わる、ごくシンプルなゲームだ。
今回のリンはカズ札十三枚以上を狙っている、確実に。
どうしたことか、リンには札がつきまくり。
に十点役の桜と雨までついた。
「はい俺でオシマイ。この札全部、俺のだから」
カス札を数えるリンに、嫌な意味でドキドキするケイスケ。
「やった〜!十四枚!俺のドン!」
「ゲッ!」
源泉が文句を言う前に、リンは腰に手を当てて、右手を顔にそえる。
「じゃあアキラ、ここでキスして」
「ゲッ!」
文句が飛び出しそうになったのは今度はケイスケ。
「さあ、早く」
そうこうしている間に、アキラに迫るリン。
ロックオンされたアキラには逃げ道がなく……。
「んっ」
リンに無理矢理唇を奪われてしまった。
特に同性同士での愛情にも嫌悪感のないアキラだから、たいしたダメージはない。
むしろ傍から見ているだけのケイスケの方が深刻だ。
「あ〜スッキリ!今年もいい年になりそう!」
そう笑うリンの笑顔には何かが隠れている気がした。


実はリンはラストゲームまでに、自分にしか解らない『しるし』をカードにつけていた。
濃い赤のカードでは余程目を凝らさない限り見えないようなひっかき傷。
源泉にはバレるかと冷や冷やしたが、それもいいスリルだ。
どう転んでもリン的には困らない。
――アキラ、俺の事気になったかな?
そう、リンは小悪魔の笑みを浮かべるのだった。






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2015年 1月3日 莊野りず

トシマにいたのってたったの数日間で、年明けも何も関係ありませんが、パラレルとかifという事でご勘弁ください。
イベントには便乗したくなるのです。
ホテルでワイワイ話は書いてて楽しいですね。
花札のルールは我が家流です。
細かい事をツッコんだら負けです(何に?)。



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