リンがアルバイト先から帰ると、ベランダに小ぶりな笹が一本置いてあった。
上着を脱いでハンガーにかけると部屋の中をキョロキョロ見回した。
どうやらアキラはまだ帰っていないらしい。
「そういえば、今日は七夕か……」
疲れていたリンは、テレビもつけずにソファーにねっころがる。


【昔、今、今日。】


リンの実家は広い庭のある大きな屋敷だった。
メイドも二三人くらいいたような気がする。
毎年この時期になると、森といってもいい様な林から笹を持ってきて二階の広いベランダに飾った。
シキは既に働いていたが、その日はたまたま休みが取れたと言って帰ってきていた。
その時の歳は自分でもよく覚えていない。
ただシキが帰ってきた事に対して、手放しで喜べなかったから、きっと出来の良い兄が気に食わなかったときなのだろう。
「久しぶりだな」
自分ではだいぶ身長が伸びたと思っていても、やはり兄との身長差は埋まっていない。
それが悔しくてシキから離れようとした。
「おいリン。お前は何か願わないのか?」
シキの口から出たとは思えない言葉だった。
いつだって欲しいものは何でも己の力だけで手に入れてきたこの兄が、何か願い事でもあるのだろうか。
「兄貴は……何か願い事でもあるのかよ?」
興味が沸いた。
「俺はもっと強くなりたい。いや、強くなるんだ」
それが短冊に書いた願いなのだろう。
いつも強さを追い求めるシキという男に、気づかないうちに惹かれている。
その事実が少し怖くなる。
いつか取り返しもつかなくなりそうだから。
リンは短冊に願いを書くと、素早く笹の裏側に吊るした。
――シキを超えられますように。
水色の短冊に書かれたその言葉は夜の風に遊ばれていた。


「……ン。リン!」
アキラの声が聞こえた。
と、思ったら目の前が急に明るくなった。
眩しいくらいに明るい照明がついている。
「……アキラ?なんだ帰ったんだ?」
どうやらあのままソファーで眠ってしまったらしい。
瞼を指で擦りながら、リンは身体を起こす。
「俺が帰ってきたら寝てたぞ。昨日言ってた事忘れたのか?」
そう言われてぴんときた。
アキラのアルバイト先で笹をもらえるから、七夕パーティーでもしようかと言っていたのだ。
「ああ、ごめん。なんか知らないけど昔の夢を見ててさ」
「夢って、もしかしてペスカコシカの……」
アキラが言いづらそうに言うとリンは微笑んで首を左右に振った。
「ううん。兄貴の夢。そうだな、ペスカコシカの夢はトシマ以来見てないな」
思い出す事はしょっちゅうなんだけどね、とリンは付け加える。
「兄貴って呼んでた頃の、今日みたいな星の綺麗な七夕の日の夢」
興味を持ったらしいアキラは無言でリンにコーヒーカップを渡す。
礼を言い、カップに口をつける。
「昔から兄貴は強かった。これはトシマでも話したよね」
「ああ」
アキラも自分の分のコーヒーカップを持ってソファーに腰掛ける。
「昔の俺はあれだけ強ければいいじゃないか、って思ってたんだ。けど――」
一口コーヒーを口に運んで飲み込む。
「違ってた。俺がもっと強ければ裏のヤバイとこに首突っ込んだバカがいようが、返り討ちに出来たんだ」
「……」
「あの場で兄貴を殺す事だってできたんだ!あの時、俺にもっと力があれば……」
「でも、それじゃ俺はリンに出会えなかった」
黙ったいたアキラが口を開いた。
「俺はリンに会えて本当に良かったと思ってる。ペスカコシカの仲間から見ればとんでもないって言われるだろうけど」
うなだれていたリンがアキラのほうを見つめる。
「それでも俺はリンに会えて幸せだ」
普段無愛想な顔が少しほころんでいる。
――まったく、かなわないな。
「俺も。アキラに会えてよかった」
ベランダの笹は飾りが一切なく、ただ一枚だけ短冊が揺れている。
『ずっと一緒にいられますように』
それを書いたのはアキラかリンか。
その答えは空に輝く星星だけが知っている。











_____________________________________
2012年 7月7日 荘野りず

七夕ネタ咎狗編。
ほのぼのオチ目指してみました。
シキリンの実家はお金持ちで、家とか広そう(オフィシャルワークスのイラストより妄想)。
大人リンは、吹っ切ったわけじゃないけど、ペスカコシカのことは思い出として向き合ってるという感じ。

咎狗トップに戻る

inserted by FC2 system