いつものトシマ。
いつものクラブ。
でもいつも通りじゃない夜が始まろうとしていた。


【欲しいならあげる】


「くっそーまた負けた!」
リンがトランプをテーブルの上に開く。
役はない。
対する源泉はフルハウス。
これで二十連敗だ。
源泉は大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべる。
「お前さんは解りやすすぎるんだ。そんなに顔に出やすいなんてポーカーには向いてないな」
煙草の煙が源泉の身体の周りに絡みついている。
「おっさん、煙草、俺の前では吸わないでよ。臭い移るじゃん」
「いやあ悪い悪い。控えなきゃと思うとつい、な?」
リンはポーカーで負けた腹いせのように源泉を睨みつける。
「喧嘩なら負けないのに」
心底悔しそうにリンはむくれる。
ここは中立地帯のクラブ。
集まるのはイグラ参加者だけではなく、情報屋もいる。
源泉もその一人だ。
「で、負けたら何でもするって約束は忘れてないだろうな?」
「……嫌な事は覚えてるあたり嫌な感じ」
よくこのクラブで会うリンと源泉はたまにこうして遊びに興じる。
そして必ず敗者は勝者の言うことを聞くというルールがあるのだ。
もちろんこれは源泉から言い出したことではない。
勝負事には人一倍負けず嫌いなリンが負けないために自分に課した、いわば試練だった。
「それで……俺は何をすればいいわけ?」
リンが軽い調子で尋ねると、源泉にしては珍しく真剣な顔をしている。
しばらく考え込んだ後、源泉は切り出した。
「俺と一晩付き合っちゃくれないか?」
「は?それってどういう意味?」
一晩付き合うと一口に言っても様々な意味に取れる。
ただ一晩酒を飲むのに付き合って欲しいのか、それとも一晩中一緒にいて欲しいのか。
「今日一日、いや今夜だけ俺の恋人になってくれないか?」
「へ?じゃあそれって……一緒に寝たいって事?」
リンが驚いて聞き返すと沿線はやけに神妙な顔で頷く。
正直、源泉のようなオヤジはリンの好みではない。
でも負けは負けだ。
「解ったよ。今夜一晩、俺はおっさんの恋人ね。さ、オッサンの暮らしてるとこに行こうか」
「お、おい」
意外にもリンは乗ってきた。
言い出した本人を差し置いて、リンは腕を絡めると源泉にクラブでの飲食代を払わせ外に出た。


源泉に連れられ、着いた場所は教会だった。
年季が入っているようだが、中は小奇麗だ。
「ここがおっさんの隠れ家?意外ークリスチャンなの?」
「……」
先ほどから源泉は何も言わずに黙ったままだ。
クラブでは上機嫌だったのに。
この場所と何か関係があるのだろうか。
そんな事をリンが考えていると、源泉はこっちだと顎をしゃくった。
「トシマにベッドなんてあったんだ。俺、いつもビルの床で寝てるから身体中痛くてさ」
「……」
やはり源泉は何も言わない。
いきなりリンをベッドに押し倒したかと思うと、唇を指でなぞった。
その後は顔中を愛おしげに撫でる。
経験のあるリンでもこんなのは初めてだ。
やがて源泉の手は身体へと進む。
首筋や鎖骨には舌を這わせる。
「んっ」
リンが少し喘いでも、源泉はただ黙々とリンの身体に手を滑らせるのみ。
――おっさんもそんなに飢えてんのか?
声を上げながらリンはそんな事を思う。
源泉の手は腰にまでたどり着く。
上半身を舐めている舌もだんだん位置が下になる。
やけにゆっくりとした、丁寧な行為だった。
「……いいよ。欲しいならあげる」
リンは自分からハーフパンツを脱いだ。
それも下着ごと。
裸のリンを見ても源泉は声一つ上げない。
「傷つくなぁ。これでも自信あるんだけど?」
リンにそう言われても、源泉は最初から最後まで無言を貫いた。


煙草に火をつけながら、源泉はやっと口を開いた。
「命日なんだ、息子の」
リンは黙って源泉の言葉を聞いている。
「国の研究スタッフに俺が選ばれて、息子はそこの研究対象になった。もちろんメリットはあった」
煙草の煙がゆらゆら揺れる。
「養子に出さなくて済むって。俺はあいつと別れたくなかった。だから……」
「成程。それで俺に付き合えって言ったわけね。……その息子って生きてればどれくらいの歳?」
「お前さんより少し上だな。俺の息子にしては出来が良かった。親馬鹿だろ?」
最後のは笑いを取ろうとしたのかもしれない。
到底笑えそうもない。
「……俺さ、両親と会わずに家を飛び出してきたんだ。おっさんだったらそんな息子をどう思う?」
「……殴ってでも連れて帰る」
―――ああやっぱり。
「おっさんっていい親だね。今からでも遅くないんなら、俺おっさんの養子にでもなろうかな」
リンが茶化すとやっと源泉は笑った。
そして静かな声で言った。
「今日はありがとうな。お前のおかげで少し気分が楽になった」
「そりゃよかった」
夜明けまでまだ時間がある。
いつでもイグラに参加できるよう、リンは眠りについた。
翌朝目覚めた時には源泉の姿はなかった。
それでいいとリンは思った。








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2014年 5月28日 莊野りず

源リンでした。
きっかけはスパコミでお隣だったサークルさんが「源泉は絶対リンが好きだよ」と仰っていたので、「確かに!」と同意したのです。
アキラとケイスケの前でも夫婦漫才さながらだし、コミック版ではケイスケに「両親を思い出す」とまで言われてるし。
おっさん攻めついでにアルビトロ攻めなんかも書いてみたくなって困ったものです。ビトロ様はおっさんじゃない?



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