昔、屋敷で必死に探した。
何日探しても見つからなくて、メイドたちにも手伝わせたことがある。
それでも見つからなかった。
兄なら簡単に見つけてみせるのだろうか。
そんな光景、予想もつかないけれど。


【手のひらサイズの幸せ】


アキラとリンの暮らすアパートの近くに小さな空き地がある。
そこにはクローバーが植えられていて、春や夏には強烈な熱線を遮ってくれる。
その日は買い出しの日だった。
なぜかリンは空き地のクローバーを踏みつけている。
リンの思考回路はまだまだアキラには理解不能なところが多いが、一心不乱にクローバーを踏みつけるリンの行為に意味があるとは思えなかった。
「おい!何してんだリン!」
ただでさえ重たい日常品の買い物の帰りである。
普段はクールが売りなアキラが、苛立ったようにリンの名を連呼した。
「あああ!もう!解ってるよ!」
やっとリンは草むらから姿を現した。
両足で踏みたいのだろうが、片足が義足ではそれも叶わない。
右足の部分が酷く汚れている。
「……リン、お前クローバーに恨みでもあるのか?」
荷物を二等分しながら訊いてみた。
リンは心ここにあらずで、別に、とだけ答えた。
「俺はただ幸せをつかみたいって思ったんだ。ボロアパートにも飽きて来たし」
リンの目は終点が合っていない。
「ストレス発散?」
そう尋ねてもリンは何も応えようとしない。
アキラは急激に頭に血が上るのを感じた。
そして次の瞬間には買ってきた雑貨をリンに投げつけていた。
「この自分勝手!お前が好きにするなら俺も好きにする!」
夏場の、特に暑い日だった。
雨もここ二週間降っていない。
すぐに苛々したからといって、アキラを責められないだろう。
缶詰が大量に入った紙袋を投げつけられ、リンはその場に崩れ落ちそうになった。
けれど思考は不思議と冷静で、自分はアキラに嫌われたんだという認識しかなかった。


アキラは先に帰ってしまった。
こんな時にふと思い出す。
大嫌いだった女の声を。
――四葉のクローバーは幸せを運んでくれるのよ。
それは母親の声だった。
正妻なのに、シキを恐れて、屋敷に出入りできなかった弱者。
そんな女の言葉をなぜ今になって思い出すのだろう。
気付くと目元から涙があふれていた。
これにはリン自身が驚いた。
「なんで……?俺は強いんだよ?兄貴にも勝ったし」
それでも涙は止まらない。
「誰か……アキラ」
四葉のクローバーが見つからない事でこんなに不安になるなんて。
……こんなつまらない事でアキラに嫌われるなんて。
所詮今も昔も周りに頼ってばかりのお坊ちゃんだったのだ。
先ほどまで踏みつけていたクローバー。
よく見ると、クローバーに水滴がついている。
自分の涙が落ちたのだとすぐに思い当たる。
そのクローバーは四葉だった。
思わず二度三度、目を瞬いてみる。
紛れもなく、それは四葉のクローバー。
「や、やった!これで俺とアキラは幸せになれるんだ!」
現金なもので、リンはケロリと泣き止み、すっくと立ち上がる。
その四葉のクローバーをハンカチに包んだ。


リンが家に帰ると、アキラは仏頂面で夕食の用意をしていた。
玄関からキッチンに入って行っても、何も言わない。
「……アキラ」
部屋は冷房が効いている。
「おかえり」
まだ怒っているのだろうが、先ほどのように感情的にはなっていない。
そんなアキラにホッとすると、リンはハンカチを広げた。
フライパンで野菜炒めを作っていたアキラがコンロの火を止めた。
「……なんだそれ?」
不審そうにアキラが尋ねる。
「幸せの証。昔、教わった」
誰から、とは言わなかった。
「花言葉ってやつか?俺はそんなの全然知らない」
「俺も知らない。けど、これを見つけた奴は幸せになれるんだって」
そもそも二人とも男だ。
男で花言葉など知っているのはせいぜい物好きか専門家くらいだろう。
「クローバーって踏みつけると四葉になりやすいんだ」
「それで……か。お前らしいな。そういう所は変わってない」
湯気が上がる野菜炒めを皿に盛りつけながら、アキラは思わず微笑む。
もう怒りなど感じない。
「ね、コップに生けとこうよ。せっかく見つけたんだし」
冷房の効いた快適な部屋、大切な恋人。
そして幸せを呼ぶ四葉のクローバー。
ほんの些細な事で潰れてしまいそうな、このポケットサイズの幸せがいつまでも続けばいい。
夏の暑い日、二人は同時にそんな事を思った。





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2014年 10月30日 莊野りず

リンが女々しく&乙女になってしまった……。
四葉のクローバーの花言葉、正しくは『私のものになって(私を想ってください)』だそうです。
もろ乙女思考全開ですね!
アキラは孤児院育ちだし、こういう知識はなさそうなので、リンが乙女になりました。
踏みつけると四葉になりやすいというのは友達から聞いた事です。
リンは母親と仲があまり良くなかったっぽい(茶狗より)ので、その辺は想像で補完しました。



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