ケイスケと共にトシマを脱出してから大分経った。
元々工場で働いていたケイスケとは違い、働くこと自体が初めてだったアキラは勤め始めた工場で苦労していた。
それでもケイスケが無事で、一緒に汗を流せるのは幸せだった。
失いそうになって初めて大切だと気づいた存在。
それを大事にしていきたい、そう強く思っていた。
――彼と再会するまでは。


【ロマンティックには程遠い】


「おーい、ケイスケ、アキラ、お前らに客だぞ!」
親方が大声で怒鳴りつける。
ちょうど資材を運んでいたアキラは、危うく鉄材を足の上に落としそうになった。
「……客?」
ミカサにもトシマにも特にここをわざわざ訪ねてくるような知り合いなどいない。
生きているのなら源泉か、それともリンか。
あれからの二人の消息は解らない。
アキラが考え込んでいると、更に大きな声で親方が怒鳴った。
「客だって言ってんだろうが!早く来い!」
給料をもらっている以上、彼には逆らえない。
アキラは資材を運ぶための道具をその辺に放置して、応接室へ向かった。


応接室といっても工場のもの、ただの六畳のふすまを敷いただけの部屋だ。
応接セット的なものはちゃぶ台と、その上の急須と数種類の茶葉のみ。
先にケイスケが来ていた。
「客って?」
アキラが尋ねると、ケイスケは信じられないものを見たような顔をした。
「生きてたんだよ……」
誰が?とアキラが質問する前に、その人物は抱き付いてきた。
――こんな事をする奴はアイツしかいない。
すぐ傍の顔を見なくても十分解った。
「……変わらないな、リン」
そう言って伏せていた顔を上げる。
「やっぱバレるかなー?」
声も、口調も、昔のままだった。
しかし外見は大いに変わっていた。
「……え?リン?」
身長はアキラより高く、全体的に細いながらもバランスのいい体格。
昔より少し伸びた金の髪が彼の美貌を引き立てている。
そんな彼がアキラに抱き付いているのだ。
硬直するのも無理はない。
「アキラから離れろ!」
ケイスケが叫ぶが、リンは無視。
「ケイスケもアキラと一緒に脱出できたんだね。俺も心配してたんだよ?ラインが抜けてよかったね」
そう笑顔で微笑まれると、ケイスケは何も言えなくなる。
元々卑屈な性格だし、顔も十人並。
そんなケイスケだから、リンの登場には焦りを感じる。
「俺もトシマから日興連に抜け出したんだ。オッサンに連れられてね」
ケイスケが考え事をしている間にリンは座ってお茶を飲んでいた。
「へぇ。それで今は何をしてるんだ?」
アキラは相変わらず態度を変えない。
「俺はフリーのカメラマンのバイト、オッサンはフリーのジャーナリスト。それなりに暮らしてるよ」
「それはよかった」
アキラとリンのほのぼのした会話に取り残されたケイスケは話に混ざる機会を窺うが、なかなかタイミングがつかめない。
「ところでさ、今日一泊でいいから泊めて欲しいんだよね。俺、金なくて……仕事が来なくてさ」
「いや、ダメだ!」
「ああ、いいよ!」
ケイスケとアキラの言葉が重なった。
リンは当然アキラの言った事しか本気にしない。
「ありがとー!すごく助かる!」
「トシマでは世話になったからな。狭いところだけどゆっくりしてけよ」
好意的なアキラの言葉に気をよくしたリンは、じゃあしばらく置いてもらおうかな、等と言いだした。


「うわぁ……ボロい部屋だねー。ロマンティックには程遠いにも程があるよ」
微妙におかしい日本語で、リンは部屋の第一印象を述べた。
「……文句があるなら帰ればいいだろ」
ケイスケは寝具を準備しながら不満げに言う。
アキラは夕食を作っている。
「アキラの手料理を食べて、一緒に寝るまでは帰らない。ってか俺、アパート追い出されてるんだよね」
とんでもない事をしれっと言いながら、リンは頑として帰ろうとしない。
「……カメラマンってもっと儲かるんだ尾思ってた」
「有名な一部の人だけだよ、それは。俺は趣味を兼ねてるからそんくらいでいいの」
やがてアキラが夕食の完成を伝えに二人のいる寝室まで来たので、リンはアキラの元へ駆け寄った。
「何作ったの?家庭の味的なのに飢えてんだよね。いつもインスタントばっかだし」
「あまり期待はするなよ?俺だってまだ慣れてないんだから」
二人の楽しげな声にケイスケは不安を感じた。
アキラの料理は本人が言った通り、子供でも作れそうなものばかりだった。
硬いご飯、焦げた目玉焼き、卵とネギの味噌汁。
それでもリンはアキラの手料理だと喜んで完食した。
その後、食器洗いは自分が引き受けるからとリンが言うので、アキラは先に風呂に入った。
「……ねぇケイスケ」
リンがスポンジを慣れた手つきで食器に当てていく。
「……なんだ?」
今日一日アキラをリンに取られたケイスケは不機嫌を隠せない。
「今、幸せ?」
この問いに、ケイスケはリンの背中を見つめた。
彼はシンクの方を向いているので表情は解らない。
しばらく間をあけて、ケイスケは答えた。
「……幸せだよ。大好きで、憧れだったアキラと一緒に暮らせて。本当に幸せだ。でもその分、俺は罪を償わなくちゃいけないと思う」
トシマでしてしまった大量虐殺。
今でもあの時の事を夢に見る。
それはきっと罰なのだろう。
「……そう。それを聞いて安心した」
水道の蛇口をひねったのか、水の音が流れる。
じゃぶじゃぶという食器についた泡を洗い流す音が響く。
「安心?」
ケイスケが訊き返すと、リンはうんと頷く。
「俺が心配だったのは……もちろんアキラもだけど、ケイスケの方だったんだ」
洗い物が少ないせいか、再び蛇口が閉まった。
「俺?」
「罪の意識で自殺とかしてないかとか、アキラと上手くいってるかとか。……だってケイスケってヘタレじゃん?」
さらりと失礼な事を言われたが、気にしないことにする。
「俺だってアキラの事好きだった。けど、アキラが最後に選んだのは俺じゃなくてケイスケだった。……納得がいかなかった」
「……」
リンがタオルで拭く。
「でも今日の二人を見てたら安心した。……ああ、これなら大丈夫だって。これからもアキラの事は任せたよ」
悪戯っぽく笑うリン。
その笑顔は昔と変わらない。
「……ああ、任せろ!」
「それじゃ、邪魔者はとっとと退散しようかな。アキラとお達者でね!」
リンは少ない荷物を手にして立ち上がった。
これにはケイスケの方が慌てた。
「ちょ、アパートを追い出されたって……」
「嘘に決まってるじゃん。俺がそんな甲斐性なしだと思う?ホントケイスケは騙し甲斐があるね」
くすくすと笑いながら、リンはドアを開けて去って行った。
確かにリンの言う通り、ロマンティックには程遠いのかもしれない。
でもアキラへの想いがある限り、決して悪くはない。
ケイスケは見えなくなったリンを探すように夜の街を眺めた。







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2014年 11月26日 莊野りず

かなり無理矢理感のあるお題攻略ですね。
素直にケイアキにしようかと思ったんですが、リンがいないと書くモチベーションが上がらないので出しました。
どうやってシキとの確執に決着をつけたのかはifストーリーなのでツッコミはなしの方向で(笑)。
リン→アキラ入ったケイアキでした。



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