昔から気に入ったものほど壊したい衝動にかられた。
ブロックで作った建物、少年向きのソフビ人形、自分で苦労して作った車の模型――。
特に苦労して作り上げたものほど壊した時の快感は倍増した。
そんなある日、父が再婚した。
その翌年には腹違いの弟が生まれた。
母親譲りの金髪碧眼、将来は相当な美形になるだろうと周囲からは評判だった。
彼はそんな幼い弟をおぼつかない手つきで抱いた。
――なんて温かくて柔らかいんだろう。
幼い弟は兄である自分が抱くと、それまでどれほど泣きわめいていてもすぐに泣き止むようになった。
「優しいお兄ちゃんで良かったわわね」
継母はそうやって彼を誉めた。
歩けるようになり、簡単な会話が出来るようになると、弟は彼の後をついて来た。
どんなに危ないところでも、危険だと言い聞かせても、弟はどこまでもついてきて彼のマネをしようと一生懸命だった。
この頃から彼は弟を気に入ったと自覚した。
腹違いとはいえ兄弟なのだから、それも仕方がないのかもしれない。
けれど彼は気に入ったものほど破壊したくなる性癖に目覚めていた。
まだ幼い弟はそんな事など知らない、解らない。
そしてそれから十数年後、弟は兄によってすべてを奪われ、壊される。


【壊れるほどに愛したい】


リンは北地区にあるお気に入りの廃ビルの頂上で星を見ていた。
星だけは絶対にリンを裏切らない、幼い頃からの友達のようなもの。
今日の昼間は見事に晴れていたため、夜空も当然雲一つない。
星を眺めながらウエストバッグから黒ずくめの男の写真を取り出す。
――シキ。
リンから全てを、仲間も、信じたモノも、全て奪った男。
昔はあの男の弟であることが誇らしかったが、今では違う。
必ず殺して仲間の仇を討つ――そのためだけにリンはこの殺人ゲームの舞台にやって来たのだ。
「……必ず、殺す」
リンはシキの写真の下にあるかつての仲間の写真に向かって呟いた。


日本刀を一振りしただけで、辺り一面にいたライン中毒者はあっさりとその生命活動を終えた。
どれだけラインに適合していようとシキ相手には赤子の手をひねる様なものだ。
つまらなさや虚しさが彼の中に鬱積していく。
「シキティー見っけェ!」
背後から声がした。
それはこの街に来てからよく遭遇する男のものだった。
どうせならあの男が来てくれればいいものを。 そんな事を思いながら振り返ると、そこにはやはりグンジがいた。
いつも装備しているナックルには真新しい血が滴っている。
「……何の用だ?」
短く用件を訊くとグンジは下品に笑いながら口を開いた。
> 「パパが夕食ごしょーたいだってさぁ!他にもなんか言ってたっけ?」
「俺が知るか」
短く吐き捨てる。
「貴様の主人に伝えておけ。俺は俺の好きなようにする、とな」
日本刀を鞘に納めながらその場を去ろうとする。
が、再びグンジが目の前を塞ぐ。
「パパが探し物が見つかったって言ってたぜー」
その一言でシキの紅い目が輝く。
「……それを早く言え」
「話を最後まで聞かなかったのはシキティーの方だろぉ?」
シキは短く舌打ちした。


小柄な身体を利用して、相手の懐に飛び込むのはリンの得意技だった。
「なっ……!」
そうして相手が怯んだところを手にしたスティレットで頸動脈を切り裂く。
これがこの街で生きるようになってから一番効率のいい手段だと悟った。
相手が絶命しているのを確認せず、問答無料で首に下がるタグをもぎ取る。
「……また数字かよ。いい加減に絵タグが欲しい」
リンは冷たくなった男の死体を振り返ることなく次の獲物を探しに街をうろつく。
ここ数日はシキの目撃情報もない。
ただ日々を過ごすのも無駄なので、こうしてタグ取りをしているが大したものは手に入らない。
今日のタグ取りはこの辺で切り上げようかと思ったその時、裏路地にいたリンを驚かせるものを見つけた。
――カズイ!?
どうして、彼は死んだ、自分のせいで死んだはずだ。
なのにどうして。
リンの身体が小刻みに揺れる。
しかしカズイの隣には見たことのないツナギの男が親しげに話しかけていた。
「……なんだ、カズイじゃない」
半分くらいは期待していたが、そもそもカズイの死を見届けたのは他でもない自分だ。
カズイではないことくらいはもっと早く悟ってもよかった。
だが、そっくりさんとはいえ初心者にしか見えない彼らを放ってはおけなった。
遠目で詳しくは解らないが、カズイのそっくりさんは絵タグを下げていた。
スートは不明だが、貴重な絵タグ入手のチャンスだ。
これを逃すようなリンではない。
「ちょっとそこの!」
表通りに飛び出し、彼らの前に立ち塞がった。


「紫の瞳の男……見つかったのか?」
無駄に豪勢な夕食の後で、シキは人払いを命じたアルビトロと二人きりで話していた。
「いえ、そちらではなくもう一方……」
アルビトロはビクビクしながらシキの顔色を窺っている。
「もう一方……アイツか。やはり、思った通りだ」
あの時、彼の仲間を殺した時のあの憎悪に燃える瞳。
あの時ほど弟が愛おしいと思った事はなかった。
自分に正面から敵意を向けるものなど片手で数えられる。
それが肉親なら尚更のこと。
嬉しくてたまらない。
「……あの、王?」
思わず微笑むシキに遠慮がちにアルビトロが声をかける。
「ああ、紫の瞳の男は絶対に見つけ出せ。もう一方は……ご苦労だった」
この男の口からこんな言葉が出るとは、しかも微笑みさえ浮かべている。
「……リン、望み通り俺がお前を殺してやる」


アキラたちと知り合って、ケイスケもイグラ参加を決めた。
これはチャンスだった。
リンの持っているAとJとアキラとケイスケの持っているAとJ。
この二つが揃えば王――兄であるシキ挑戦することが叶うのだ。
リンは不意をついて、ケイスケの喉元にスティレットの切っ先を当てた。
「どうしたんだ、落着け――」
「うるさい!さっさとお前ら二人のタグ寄越せよ!」
リンの中にわずかに残っていた良心がちくりと痛むが、これくらいのことが出来なければシキを殺す事などとてもじゃないが叶わない。
,本気だと気づいたアキラは二人分のタグをリンに渡した。
「……やっと、これで叶う。アイツらの仇が……!」
当然アキラにはリンの事情など解らない。
行かせてはならないと直感が告げていたが、あの様子のリン相手では通じないだろう。
リンはどしゃ降り雨の中、『城』まで駆けて行った。


アルビトロがリンのタグを受理した。
これで兄弟対決が実現する。
リンはスティレットを構えて王――シキの入場を待った。
しばらくすると上にあるスポットライトが点灯し、コロシアム全体が明るく照らされる。
王であるシキが靴の音を響かせながら歩いてくる。
「……ずっと待ってたよ、この日を。アンタを殺せるこの日を……ずっとな!」
リンの怒号がコロシアム全体に響き渡る。
シキは鼻を鳴らしただけだった。
「俺はずっとこの日の事だけを考えて生きて来た!」
シキは口角を上げた。
形のいい唇が愉悦に歪む。
「……俺も、この日を楽しみにしていた。お前がこの日を待っていた以上に、俺はこの日を待ちわびていた」
幼い頃、抱きしめた赤子ではない弟の姿に悦びを感じる。
「……何を言ってる?」
当然リンには意味が解らない。
「これから死ぬだけの者に説明など不用だろう」
アルビトロが試合開始の合図を出した瞬間、二人は互いに距離を詰めた。
リンはシキの懐に入り込もうと勢いよく飛び込んでいくが、日本刀によって阻まれる。
それでも確実に急所を狙った攻撃はシキを消耗させている……ようにリンには思えた。
「お前は解りやすすぎる」
日本刀もリンのスティレットと同じくらい速い。
その一撃がリンの左腕に直撃、どっと血が溢れる。
「ぐっ!」
リンは大量の出血に伴う痛みに必死で耐えるが、ここは立派なバトルフィールド。
シキは畳みかけるように左足を狙って日本刀を振るう。
左足からも肉が見えるほど深く斬りつけられた。
「くっ……くっそおぉぉぉ!」
リンはバランスを崩して倒れ込む。
「……どうした?これで終わりか?もっと俺を楽しませろ」
シキの口調はまるで子供がもっと楽しいおもちゃを欲しがるようなものだった。
そこでリンはやっと理解した。
「……あくまでも俺をいたぶるのが目的か?」
出血多量により、元々色白なリンの顔から血の気が引いて真っ青だ。
「……俺は昔から気に入ったものを壊すのが好きだった」
そう言いながら、シキは動くに動けないリンの右足にも深く日本刀をめり込ませた。
リンの悲痛な悲鳴がコロシアム中に響き渡る。
「なかでも一番気に入ったのはお前だ」
あくまで淡々と語り、淡々と刺していく。
次に刺されたのは右腕だった。
リンの呻き声をBGMに、淡々とシキは語る。
「だから俺は今、とても満ち足りた気持ちだ」
最後にリンの腹に日本刀を刺した。
四肢を封じられ、抵抗するるべを持たないリンは虫の息だ。
「……命乞いするのなら今なら助かるかもしれんぞ?あの悪趣味な男なら何とかするかもしれん」
それはシキなりの、最後の愛情表現だったのかもしれない。
「……誰が命乞いなんかするもんか」
虫の息で、本当に小さな声でそう言ったリンはそのまま息絶えた。
「……残念だ」
全くそう思ってもいない言葉がコロシアムに空しく響いた。







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2014年 11月29日 莊野りず

リンは大好きです。こんな話書いててなんですが、大本命です。いや、ホントに。
中二病+バッドエンド+ヤンデレ萌えの三重苦を患わってるから、こんなんになっちゃうんです。
シキリンは愛想関係が今来てます。前にも似たような話書いた気がするけど気にしない。



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