眠れなくて、電子レンジでホットミルクを作る。
砂糖を少々入れて、ふうふう息を吹きかけて。
リンはそれを一口づつ、ゆっくり飲む。
まさか自分にこんなに穏やかな時が来るとは思わなかった。
たったの五年、長い五年。
本当に自分は変わったと思う。


【それでも地球は回ってる】


「らぁっ!」
勢いに任せて、リンは細い足で大男に蹴りを入れる。
容赦なく急所を狙ったので一撃で十分だった。
相手はあっという間にダウン、降参を宣言した。
それでもリンは蹴りを入れ続ける。
「そこまで!ペスカ・コシカ、またお前らか!」
審判が高所からホイッスルを鳴らす。
下手に審判に逆らうと、しばらくは出場停止だ。
今の試合も謹慎が解けたばかりで羽を伸ばしている所だったのに。
リンは高いところで試合を見張る審判を睨みつけた。
審判はビビって一瞬震えたが、すぐに涼しい顔に戻った。
彼が高いところにいるのは若者を刺激して自分自身が大怪我を負わないためだ。
「チッ」
リンは短く舌打ちすると、相手に向かって言い放った。
「今回は見逃してやるよ。でも次にペスカ・コシカに逆らったらどうなるか……解ってるよな?」
地面に這いつくばる大男はリンに見降ろされる形になったが、こくこくと泣きながら頷いた。
それを見て少しだけ気が晴れた。


いつも夜になると無償に星が恋しくなる。
ヘッドのリンがそういう趣味なので、ペスカ・コシカのアジトは星が綺麗に見える場所ばかりだった。
今使っているのもそういった場所の一つだった。
いつも一番に着くと思っているが、大抵はカズイが先客としていた。
リンは『報復』を終えてから来るのだから仕方がないかもしれないが。
その日もそうだった。
「……またやって来たのか。しかも今日は一段と派手だ」
穏やかな声の中に責めるような響きが混じっている。
リンはバツが悪くなる。
「……クソ審判のせいで思うように遊べなかったから。悪いのは審判」
我ながら子供のような弁解だと解っていた。
それでも責められっぱなしはリンの性に合わない。
「リンに血は似合わないのに。報復なんかより夕方から夜にかけての空を見ている方が楽しいと思う」
そう言ってカズイは空を見上げた。
釣られてリンも空を見る。
雲一つない、綺麗な星空。
月も淡い光を放っている。
コンクリートの床に座りこむカズイの傍には厚い本があった。
「……例の、宇宙飛行士になるための勉強?」
カズイは頷いた。
リン達が『報復』に行っている間、カズイは必然的に一人だ。
その暇つぶしなのか、本気で宇宙飛行士になりたいのか。
多分両方だ。
カズイのように具体的な夢を持つ者はペスカ・コシカだけじゃなく、平均的に見ても珍しい。
若者たちはみんな夢を持てないのだ。
リンはそんな中でもちゃんと夢があるカズイが羨ましいと思った。
そこに乱暴に扉を開く音がした。
「オイ、俺をおいて何してんだよ!?」
この気の短そうな事を言うのは一人しかいない、トモユキだ。
「だってお前、みんなと仲良く酒飲んでたじゃん」
「酒よりお前らと一緒にいる方が楽しいんだよ!」
リンが尤もな事を言っても、ほどよく酔っているらしいトモユキには寝耳に水だ。
「大体な、お前がやりすぎなきゃ俺らだってもっと遊べたんだ」
Bl@sterの事だろう。
「んな事言ったって。俺、手加減とか出来ねーし」
リンが開き直ると、トモユキはまた前の試合の事を、次はその前の話をぐちぐちと……。
うるさくはあるが、カズイも、トモユキも、チームの仲間も全部生きてて、宝物のような時間だった。


トシマに行って見かけたカズイに似たアキラは、カズイには出来ないことをしてくれた。
最初はただ見ているだけでよかった。
見ているとカズイの事を忘れることはないから。
でも次第にカズイとは違うアキラに惹かれていった。
ラインを使用したケイスケへの不器用な優しさ、シキに挑み殺されそうなところを救ってくれたり。
リンはシキとの決着を邪魔された事に怒り狂ったが、それすらアキラは受け止めてくれた。
……きっとカズイには出来ない、身体の関係も受け入れてくれた。
信じてくれた。
それは何よりも望んでいたけれど、ペスカ・コシカ壊滅後は決して手に入らなかったもの。
シキとの対決も許してくれた事は、左足を切り落とした結果になったけれど、自分で納得した結果だ。
消息不明の自分を五年も待っていてくれたことは一番嬉しかった。


出会って、別れて、裏切られて、新しく出会って、今度は信じてもらえて、再会できて、肌を重ねて……。
色々な事があったけれど、それでも地球は回ってる。
リンはすっかり冷えたホットミルクを一気に飲み込むと、アキラと寝ているベッドに潜り込んだ。






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2014年 12月5日 莊野りず

『選択式お題』って、気に入ったものを五個以上選んで使用できるんですが、ノリでこれを選んだせいで色々悩みました。
……ネタが浮かばない!なんて悩んでましたが、「それでも〜」というフレーズからこんな感じになりました。
リン自身による回想というか。書きたかったのは「こんな事があったけど、俺は今でも元気だよ」的な事です。



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