無分類30のお題 →TYPE1
11、ふさふさ(源リン)
クラブで一人、カクテルを飲んでいたリンは、入り口に源泉の姿を確認した。
彼はいつものように上着を肩に引っ掛けて、タバコを咥えている。
「おーい!おっさーん!」
周囲の奇異の目など気にせず、リンは彼に向かって大きく手を振る。
源泉もリンに気づき、こちらへ向かってくる。
「やけに機嫌がいいじゃないか」
短くなったタバコを消すための灰皿を探していると、リンがマスターに頼んで出してもらった。
それを受け取ってタバコを消す。
「まぁね。イイ感じのが撮れてさ〜」
こういう所は年相応の子供にしか見えない。
トシマの事情を知らないものがリンの姿を見たら、きっと微笑ましいという感想を抱く事だろう。
「あれ〜オッサン、白髪増えた?」
新しいタバコを取り出した源泉は一瞬固まった。
「はぁ?」
「だ・か・ら、白髪増えたよねって。もうすぐハゲるんじゃない?」
おかしそうにリンは笑う。
「この歳にもなれば白髪も増えるさ。お前さんも若いからって油断してるなよ?老けるのなんかあっという間なんだ」
「出た!オッサンの『全然タメにならない講釈』!」
リンは酔っているのか、いつもより笑いのツボがおかしい。
「……お前なぁ」
源泉はマスターにビールを注文して、リンのたわいもない話に付き合ってやった。
頭が痛い。
目が覚めて一番初めに思った事はそれだった。
昨日は酔っぱらったリンに付き合って、久しぶりにかなり飲んだ。
いくらアルコール度数の低いビールでも、量が増えれば効いてくるものだ。
源泉はミネラルウォーターのペットボトルを開けて、口をつけて一気に飲んだ。
古典的だが、二日酔いには水を飲むのが一番いい。
しばらく痛む頭を押さえて仕事上で必要なメモに目を通して、それから支度にかかる。
リンにはいつも変わらない格好をしていると昨日さんざん言われたが、実はそれなりにこだわりはある。
アイロンこそかけていないもののシャツは毎日取り換えているし、シミがついた部分からはちゃんと染み抜きくらいはしている。
そんなこんなでもう出かける時間だ。
二日酔いの頭痛はすでに収まっている。
「よし、行くか」
鏡に向かって笑ってみる。
――あれ〜オッサン、白髪増えた?
昨日のリンの言葉が唐突に蘇る。
思わずもう一度鏡を見る。
……確かに、素直に認める気にはなれないが、白髪が増えた気がする。
――もうすぐハゲるんじゃない?
「黙れ」
リンの笑い声を打ち消すように、低く呟く。
まだそんなに老けてはいないはずだ。
まだまだ身体だって丈夫だし。
しかし、一度気になってしまったものはなかったことにするのは難しい。
源泉はリンの言葉を忘れられないままで外に出た。
声をかけてきたのは向こうからだった。
「あっ、源泉さん!」
人の良さそうな青年――ケイスケが笑顔で手を振っている。
この街では確実に浮いている善良オーラが源泉には嬉しい。
その横にはいつも不愛想な連れであるアキラが感情の読めない顔で立っていた。
「おう、ケイスケ。アキラも。元気か?」
すぐにケイスケからの、はいという返事が返ってくる。
青少年というのはこういうのが普通で健全なのだ。
リンのようにただ上の世代をあざ笑うのはどこか不健全だ。
「今日は一人なんですか?ほら、源泉さんって、よくリンの事心配してるし」
リンという単語が出たので、昨日の事を二人にも訊いてみようか。
「リンの奴が無茶ばかりするからな。大人としては一応止めなきゃな。……ところで、だ」
前半は笑って言ったが、どうしても反応が怖い。
ケイスケが不審そうに源泉の顔を見る。
「ところで、なんですか?」
「あ、ああ。昨日リンの奴に言われたんだが、俺って白髪多いか?将来ハゲそうか?」
軽い、今時の口調で言ってみたつもりだ。
この二人相手ならば真面目に答えてくれるだろう。
ケイスケはあっさり言った。
「そんなの気にしすぎですって。全然大丈夫ですよ。……なっ、アキラ」
隣にいたアキラはいかにも面倒くさそうだ。
「……気にするほどでもないだろ。大丈夫だ、多分」
アキラに関しては言いたい事はあったが、望む答えを手に入れて、源泉は満足だった。
俺たちはイグラがあるので、とケイスケが言ったので、その場で二人とは別れた。
その日、クラブに先に着いたのは源泉の方だった。
後から来て、いつも通りのカクテルを注文したリンに笑いかける。
「何笑ってんの?オッサンの笑顔なんてキモイだけだけど」
つれない事を言うリンも本気でそう思っていないことは一目で解る。
「アキラとケイスケが、俺はまだまだ大丈夫って言ってたぞ?」
リンは何を言っているのか解っていない様子だったが、しばらくして思い当たったらしい。
「ああ、昨日の事ね。アキラは面倒だったからそう答えただけでしょ。ケイスケも多分そうだよ。オッサンがいくら大丈夫だって思おうとしても無駄なの」
リンがワザと斜に構えた様子なのがカチンとくる。
源泉は吸っていたタバコを口から離して、無防備なリンの唇に重ねた。
「んっ、んんんっ!」
リンは抵抗したが、頭を押さえこんでしまえばそんなものは役に立たない。
嫌悪感を露わにするリンを見て、源泉は満足して唇を離した。
「うげぇ……オッサン、キスくらいは別にいいけどさ、タバコの煙流し込んで来るのはやめてくんない?」
蒸せた後、心底不快そうにリンがそう訴える。
「これに懲りたらオイチャンの事、ハゲなんておふざけでも言うんじゃねーぞ?」
「あーやっぱり気にしてんじゃん!」
懲りないリンと、再びタバコの煙キス攻撃をしようとする源泉の姿を、クラブのマスターは微笑ましく見守っていた。
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2015年 1月14日 莊野りず
『ふさふさ』という言葉で思い付いたのがカツラでした。
だってそんくらいしか思い浮かばねーよ!……そんなワケで、源泉白髪をからかわれるの巻。
リンと絡ませるのが一番楽なキャラかもしれない>源泉
原作でよく一緒にいるし。
タバコの煙を無理やり入れられるって嫌煙家的には酷い罰ゲームですね。