劣性遺伝 (アキリン)



「……アキラさ、『劣性遺伝』って知ってる?」
ある春の日。
いきなりリンが真面目な顔でそんな事を言い出した。
俺はリンみたいに特殊な家柄出身者じゃないし、孤児院で育ったから、そんな言葉なんか聞いた事もない。
黙って首を左右に振ると、リンはもったいぶるように溜め息をつく。
これだけで、何やら重大な事実だと解る。
溜め息なんて、リンには全然似合わない。
「劣性遺伝子が顔を出すこと。つまりはそれまでは出る事のなかった遺伝子情報の特徴が発現する事」
「……頼むから、二ホン語を喋ってくれ」
リンが何を言っているのかが全く解らない。
聞いたことのない単語ばかりで、俺にどうしろというのだ?
「……つまり、俺の特徴、金髪に青い目は、その劣性遺伝によるものなんだよ」
「……簡単に説明してくれようとしている事は解るんだが、俺には解らないな」
するとリンはあまり俺の知らない二ホン語、漢字でその『レッセイイデン』と『レッセイイデンシ』というものを書いた。
直感に過ぎないが、『劣』という字は、何か嫌な気分になる。
「……つまり俺は、その劣性遺伝のせいで嫌な目に遭ってきたって事だよ」
ここで再び、溜め息。
この『劣』という字と何か関係でもあるのか?
そんな事を考えていると、リンは一人で語り始めた。


俺の両親は父親も母親もシキと同じ黒髪に紅目だった。
だから、シキがあの外見なのも当然なんだ。
だって両親から遺伝子を受け継ぐんだから、その特徴が出るのは当然だ。
だけど、俺の父親の家系には俺のような金髪の青い目の人物もいたらしい。
モノクロだけど、写真を見たからね。
その人物――俺にとっては先祖なんだけど、彼は他の人物とは明らかに色合いが違っているんだ。
他の連中は男女他わず間違いなく黒髪だって断言できるのに、どう見ても彼だけはもっと薄い髪の色だった。
……俺の実家では黒髪に紅目が『普通』で、そうではない俺は『異端』だ。
アキラなら意味は大体察せるんじゃないかな?
俺が両親から比べられただけじゃなくて、ガキでも解るくらい明らかな『差別』と『虐待』されて育ったって事をさ。


ここまで語って、リンは悲しげに長い睫に少しの透明な滴を溢れさせたのは。
――あのリンが、ここまで?
それだけ嫌な思いをしてきたというのか?
シキに仲間を殺されたという話だけでも心中は察して余りある。
だが、まさか『両親』までリンのことを……。
あまりにもいつもとはかけ離れたリンの様子に、俺は何も言えなくなった。
「……」
そのリンはと言えば、目を伏せたまま、かすかに震えている。
――それほどまでに嫌な話をわざわざ話すなんて……。
それだけ俺に解って欲しいという意思の表れなのだろう。
リンらしくない、という違和感はあったものの、俺はすっかり信じていた。
「なーんてね!」
それまで伏せていた青い目を輝かせて、リンはこれまでとは全く表情を変えた。
「え?」
態度もこれまではしおらしかったのに、いつもの明るいリンに戻っている。
――何が何だ?
「……アキラさー、知らないの?今日は嘘をついてもいい日なんだよ。エイプリルフールっていう……」
「はぁぁぁ?」
――なんだそれは、全く聞いたことがない!
「まぁ、随分前に忘れられたらしいんだけど、俺も楽しそうだから便乗してみたくなってさー。ごめんねー?」
――……。
俺は思わずリンを乱暴に押し倒していた。
相手も相手で、俺のこの反応を狙っていたのだろう、不敵に笑う。
「……お手柔らかに」



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2016年 4月1日 莊野りず

ネタはできていたものの、書く時期というか、どうやって咎狗もの書いてたっけ?
これを書いているのは2015年の4月28日です。ホントに色んな意味で惜しいタイミング!
季節ネタは当日更新が基本だと思うので、敢えて待っての更新です。
このページの文章は全て同じ日に書いたものです。





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