「あれ?オッサン一人?アキラは?」
ホテルに着いたばかりのリンは、そう矢継ぎ早にその場にいた源泉に質問を投げかけた。
源泉は愛煙しているタバコを一吸い。
いかにも美味そうに煙を吐き出す。
「ああ、あの二人なら今日はまだ見かけないな。イグラでもやってるんじゃないか?」
「そっかー残念。せっかくイイ感じの写真撮ったのになー」
リンはウエストバッグから数枚の写真を取り出した。
源泉にも見せるつもりなのだろう。
その源泉はまだ紫煙をくゆらせている。
「……」


【ピアニッシモ】


「オッサン、タバコってそんなにうまいもん?」
タバコを吸うことに集中していた源泉は驚いた顔をした。
「……なんだぁ?お前さん、匂いがつくからタバコは嫌いだって言ってなかったか?」
そう言いながらフィルターギリギリのところまで吸ったタバコを消す。
「アキラもいないし、どんな味かなって思ってさ。ね、オッサンの一本ちょうだい?」
アキラにタバコ臭いと思われるのが嫌なだけなのか、それともこの場限りの好奇心なのか。
この少年の場合、多分後者だろう。
「あのな、タバコは二十歳になってからだ。未成年の内から吸ってるとニコ中になるぞ」
そう脅しをかけても、リンはまだ興味津々という顔だ。
「法律なんて殺人オッケーなこの街じゃ守ってもいいことないじゃん。ね、ね、いいでしょ」
そこまで言われると何も言えない。
更に実を言えば、源泉だって未成年の頃から吸っていた。
――人のこと言えないか。
「……解ったよ。でも軽いのにしとけ。俺の吸ってる奴は一番きついやつだから」
言いながら源泉はジャケットのポケットを探る。
出てきたのは一般的なものよりスリムな箱のタバコだった。
「俺もオッサンのやつ吸ってみたい」
「やめとけ。とりあえず一ミリからな。ほれ」
源泉は今取り出したタバコをリンに渡す。
箱には銀色のアルファベットが並んでいる。
「……ピアニッシモ?」
リンがその文字を読み上げる。
源泉は頷く。
「主に女が吸うやつだ。俺みたいなのには軽すぎるが、お前さんにはちょうどいいだろ」
「……ガキ扱いすんなよ」
そう挑戦するように笑うと、ライターで火をつける。
一ミリなんてヘビースモーカーにはただの紙同然だ。
それでも次の瞬間、リンは盛大にむせた。
「ごほっ!げほっ!……はぁはぁ」
源泉はやっぱりなという顔を崩さない。
リンがやっと呼吸を整えたところで、涙目で源泉を見た。
「……オッサン、よくこんなもん吸えるね」
そういうリンの声は少しだみ声だ。
「だから言ったろ?ガキは精々酒までだな」


その一時間後、アキラとケイスケが疲れた様子でホテルへやって来た。
ケイスケはリンと源泉の姿を見つけると、犬のように走り寄ってきた。
近くまで来てリンの様子がどこかおかしい。
「アキラ、リンの奴どうかしたのかな?やけに大人しいよ?」
その言葉でリンの傍に近寄ったアキラは、いきなりそのリンに抱き付かれた。
「口直しさせてね!」
リンはアキラの顔を固定すると十秒ほどのディープキスをしてきた。
頭を固定されているので、アキラには抵抗できないし、突然の事で混乱して余裕もなかった。
「リンッ!」
ケイスケのほぼ叫び声が聞こえた時、やっとリンはアキラから離れた。
「ふーやっぱり慣れないものはやらない方がいいね」
アキラとケイスケには理解不能なリンの台詞。
傍らの源泉がよっ、と手を振るまで彼の存在には気づかなかった。








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2014年 12月26日 莊野りず

『ピアニッシモ』って音楽の用語らしいですね(調べたけど意味がよく解らなかった)。
でも私は音楽とスポーツにはてんで疎いので、タバコの方のピアニッシモでいきました。
確かあれ一ミリか三ミリくらいだったと思う。リンには似合いそうですが、彼はタバコ嫌いなんですよね。
源泉の吸ってるタバコはわかばかショートホープあたりだと踏んでるんですが、実際はどうなんだろう。
ちなみにタバコを吸ってない方は『わかば』は一生吸わない事をお勧めします。あれ、マジで頭くらくらするから。



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