トシマは、今日も雨。昨日も、一昨日も、その前も、ずっと雨。……雨ばっかりだ。
「リン? どうしたの?」
 ケイスケが俺の背後から声をかけてくる。中立地帯のホテルの窓のある場所で、俺たちはだべってるところだ。
「いや、別に?」
 俺は怪しまれないように、不信感を持たれないように、『親切で明るいムードメイカー』の表情を作って笑いかける。元が女顔だし、実は気にしてる154センチの身長も相まって、その印象を与えることに成功してる。
「そう? なんか難しい顔してるのが窓に映ってたから」
 ケイスケにしては鋭いな。俺と初めて会った時は善人オーラ全開で、俺のこと女だと勘違いしたくせに。
「何か嫌な思い出でもあるのか?」
「え? いや別にないけど? ……あっれぇー、もしかしてアキラったら、俺の事が気になるとか?」
 普段は無口で、必要最低限の事にしか興味を持たないアキラが、俺の事を気にかけてる。顔が好きな相手からそんな風に興味持たれるのは、もちろん悪い気なんかするわけがない。ここぞとばかりにアキラの細いけど適度に筋肉のついた腕に抱き付く。……でも、いつもこんな事すると嫌がるんだよな、残念な事に。
「離せよ。前にも言っただろ? 俺はリンみたいにそういう……スキンシップってやつが苦手なんだよ」
「アキラが嫌がってるんだし、やめろよリン」 「嫌って言われると逆にやりたくなる!」
「ちょ! やめろって!」
 本人じゃないのに、人のアピールを邪魔してくるケイスケ。まったく、お前は犬か!
「……ちぇ。解ったよ」
 俺はこの日のアピールは無理だって諦めて、ソファのあるボックス席に移ろうと二人に提案。そこでもケイスケはイグラの後だったらしく疲れているらしいアキラに、オムライス味ソリドを渡してる。俺も好物の焼き肉味ソリドをウエストバッグから取り出して齧る。
 第三次世界大戦後から俺たちの世代にウケてるこのケミカルな携帯食料は、悪くはないんだけど……いい加減にこればっかり食べてると飽きる。胸元に揺れるAのドッグタグは、アイツへの挑戦権がかかってる。向かいに座ってるアキラとケイスケのタグは数字、つまりは役立たずのブタタグだけど、物資の補給には欠かせない。でも俺はアキラがJを持っている事を知っている。……問題はいつ奪うかだ。
「……」
 外は雨。俺は雨が嫌いだ。この湿っぽい雰囲気といい、星が見られない事といい、嫌いだ。それ以上に嫌いな理由は、あの後にこんな雨が降ったからだ。


「げほぉっ!」
 目の前のマッチョがゲロを吐いた。他にもさっき何本か骨も折ったし、内臓もイカれてるかもしれない。俺の仲間が――トモユキがオレンジに染めたしっぽみたいな長髪を揺らしながら俺に言った。
「……もういいだろ? これでもう二度と俺らには逆らわねぇよ。頭がこれだし、仲間もここまではいかなくとも怪我人ばっかだし」
 その眼はどこか俺の事を恐れているようにも見えた。
「なに生温いこと言ってんだよ? こいつらはペスカ・コシカに逆らったんだ。しかも先に噛みついてきたのこいつらだ。……『やられたら倍にしてやり返す』と『やると決めたら徹底的にやる』、それが俺らのやり方だ」
 俺がそう言って眼で指示を出すと、トモユキを始めとした仲間がしばらく凍りついたように動かなくなった。
「何だよ? 出来ないんなら俺がやってやるよ」
 仲間の輪の中心から敵対チームの頭に近づくと、相手は何をされるのか大体悟ったらしく、助けを求めてきた。
「た……すけ」
「じゃあ最初から俺らに喧嘩売るんじゃねーよ!」
 持っていたバタフライナイフをこの時の気分で適当に扱っていると、相手の顔面が血まみれになった。俺の方がチビだから、俺の仲間に身体を支えられている相手から返り血が頬に飛んできた。生温かい血。
「……んじゃ、帰るか」
 気が済んだ俺はドン引いてる仲間を連れて溜まり場に凱旋する。新入りは青い顔をしてるけど、そんな事は俺の知ったこっちゃない。俺たちペスカ・コシカの誇りは実力と仲間の信頼。ついてこれないのならそこまでだ。Bl@ster常勝チームとして知られる俺たちは、凶暴と言われ、凶悪とも言われ、だが誰もが認める『最強』チーム。
 第三次世界大戦に兵力として戦場に出されるよう『敵を殺す事』と『死ぬ事』を徹底して教えられてきた俺らの世代。生憎と俺の家は特殊階級の兵役免除という余計な特権がつく家だったから、訓練は受けられなかった。そんな時代に生まれた俺らだから、当然誰もが強さを求め、戦いを求め、楽しい娯楽を求めてる。最初は路地裏での殴り合いだったものが、誰が考えだしたのか賞金が出る喧嘩の場という事で作りだされたのがBl@sterだった。個人戦とチーム戦があり、武器の使用は禁止、殺しもなし。……だが、それさえ守れば好きに喧嘩が出来る。
 俺らが溜まり場でする事といえば、大概は酒を飲んで騒ぐ事だ。いつもはもっと盛り上がるのに、今日は相手が弱すぎて特に楽しめなかった。みんな口々に同じ言葉を言う。
『俺らより強いチームなんかねーよな! なぁ、リン!』
 実際にそうだ。俺らより強いチームなんかない。……相手がどんなチームでも、敵対したからには徹底的に潰す。それが俺らの信条、俺らのやり方。
「リンも久々に飲めよ!」
 トモユキが二本目を差し出してきた。俺は黙ってそれを受け取って、プルタブを開ける。
「……」
「なんだよ? もっと楽しそうにしろよ。また勝ったし、皆たのしんでるぜ?」
「俺、カズイのとこに行ってくる。……今はそんな気分じゃないんだ」
 すると途端にトモユキは不機嫌な顔になる。その理由は、解りきってる。俺に惚れてるからだ。……本当に、解りやすい奴。
「んじゃ、俺も行く。いつものとこだろ?」
 断ったところで仲間である以上は不自然だ。俺がカズイについてどう思っているのかも、コイツの事だからどうせ知ってる。それでも俺につきまとわずにはいられない気持ちは、同じく男に惚れてる者同士理解できなくもない。
「好きにしろよ」
 カズイがいつも好んでいる場所は、高いビルの屋上だった。理由は二つ……だと思う。
「……」
 カズイは俺とトモユキには気づいているんだろうが、黙って夜の大空を見上げている。理由その一、星を見るのが好きだから。
「……カズイ」
 俺が呼び掛けても、カズイは黙ったままで反応しない。トモユキがすぐに苛立つ。
「お前はまた報復にも参加しないで……こんなとこで呑気に星見てるとかよ。暴力が楽しめないんなら、ペスカ・コシカなんかやめちまえよ!」
「トモユキ!」
 するとやっとカズイはこちらを向いた。
「俺はBl@ster以外での不必要な喧嘩はしない」
「はぁ?」
「トモユキ。……黙れよ」
 俺は内心でドキドキしながらカズイの横に座る。トモユキからは見えない角度で見るカズイの顔は、やっぱり俺の大好きなカズイの顔。
「お前も飲まないか? もう一本あるんだ」
「やめておく」
「おいリン! 俺の事はシカトかよ!?」
 実はトモユキがいない時に、カズイの夢を聴かせてもらったことがあった。俺たちの暴走を食い止めてくれる、チームのナンバー2。いつも落ち着いていて、大人っぽくて、俺の事が多分……好きで。そんなカズイの夢は、正直子供っぽい。
 トモユキはもうこの場にいても無駄だと悟ったのかどこかへ消えた。他の皆と飲み直すんだろう。俺はカズイと同じ方向の空を見上げる。夜空に輝く星たちは、ただそこにあるだけで宝物のようだ。
「……まだなりたいのか? 宇宙飛行士」
「なるさ。その時はリンも連れて行ってやるよ」
「やっと笑ったな」
 カズイが得意げに言うから、俺も嬉しくなる。カズイの髪は黒髪のようだけど、月の光が当たると青く見える。それがまたカズイの整った顔立ちに見事に似合ってる。強くて、性格もよくて、顔もいい。俺が惚れるのもおかしくない。
「……またやってきたのか」
 カズイはその端正な顔を歪めて、俺の頬に触れた。一瞬、電流が走ったような気がした。
「血?」
「リンに血は、似合わない」
 そうきっぱり俺に言うカズイは、心配してくれる唯一の仲間といってもよかった。俺が頭だから、強いのは当たり前。余計な心配なんかむしろ侮辱だと、誰も俺の心配なんかしない。……このカズイ以外は。
「……大丈夫か?」
「俺は……強いから大丈夫だ」
 本当に、俺は強い。……そうだ、俺は強いし、俺たちはどのチームよりも強い絆で結ばれた仲間だ。だから、大丈夫。
 そう信じてた。


 ……その数日後には、俺の全てだったペスカ・コシカはたった一人の男にほとんどの仲間を殺されてしまった。しかも皮肉な事に、犯人は俺がその関係だからこそ、すぐに解った。
 ――兄貴。
 幼い頃から憧れて、目標にして努力しても、どれだけ頑張っても手が届かなかった絶対の存在。
 そんな兄貴と久しぶりに会って、無関心だと思っていた俺相手に、大好きな星の話を振られた時に気づくべきだった。
 兄貴は裏の仕事に就いていて、大人相手にちょっかいを出す馬鹿の後始末のために雇われてた。……俺に会ったのは、兄弟水入らずの会話がしたかったからじゃない。俺を利用するためだった。
 ――許せない。
 仲間の中にはもちろんカズイもいた。大好きだったカズイ。多分、きっと、両思いだったと思う。……そうであってほしい大事な仲間を含む、ほとんどを殺した。このまま黙っていられる様な性格じゃない、俺は。間が悪い事に、兄貴が去った後立ち尽くしているところに他の仲間が戻ってきた。現場を見た皆は同時に同じ事を言った。
『裏切り者』
 ……仲間だって言っていた。『ペスカ・コシカは永遠』だって言ってたトモユキまでも、俺をずっと疑いの眼で見た。どれほど説明しても無駄だった。……誰も、俺の言い分なんか聴かなかった。
 それでも俺は死んだ仲間の、カズイの仇を取りたくて、イグラに参加することを決めた。正体不明といわれる『王』の事は、誰よりも俺がよく知っていたから。腹違いとはいえ、兄弟だから。
 かつての仲間たちから逃げるようにトシマに向かった俺の顔に、水がひとしずく落ちてきた。何だろうと思っていたら突然の雨だった。俺の最悪の気分に追い打ちをかけるように、容赦なく降り続く雨。すぐに俺の服はびしょぬれになり、腰から下げてるスティレットにも滴が光った。
「……」
 それ以来、俺はアイツを、兄貴を殺すためだけに生きてる。アイツに殺されるのならばそれでもいい。とにかく俺は、カズイに償いがしたい。向こうで……もう一度でいいから、一緒に星が見たい。


「――ン? リン?」
「……え?」
「どうしたんだよ? なんか怖い顔してたぞ?」
 俺の手には食べかけの焼き肉味ソリドがある。目の前のアキラとケイスケは既に食べ終えていた。ケイスケが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、あぁ、うん。全然へーき! つーかケイスケ、俺の心配よりも自分の心配でしょ? イグラに参加すんなら、そんなメンタルじゃ死ぬよ?」
「う……うん。そうだった」
 まったく。本当にコイツは……。幼馴染だっていうアキラだって呆れてるぞ。でも俺もこんな事考えてる場合じゃないよな。
 ――ケイスケがイグラに参加した時点で手に入るタグは五枚。絵タグがあれば、アキラとケイスケですぐに二枚。
「リン?」
「ん? なに?」
「大丈夫か?」
 カズイによく似た顔のアキラに、『大丈夫か』と言われるとは。まったく、ホントに似てるな。
「大丈夫に決まってんじゃん!」
 俺はそう笑みを作って、ゲームでもしないかと提案する。こうして遊んでやる分には邪魔にならないよな。最初は嫌がってても二人とも律儀にトランプのゲームに参加してくれたし。

 外は雨。あの日と同じ、雨。
 こうして笑い合う仲間を『信じて』いたのは昔。
 こうして笑い合う友達を『騙して』いるのは今。
 ――出来ることならば早く雨がやんでほしい。
 でないとずっと、このぬるま湯に慣れきってしまうから。

「フルハウス!」
 俺はやはり作り笑顔で勝利宣言をした。


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2015年 10月25日 莊野りず

Pixivの参加中グループのお題モノとして書いたものです。
テンプレ使うと段落がおかしくなるのでこの仕様。
咎狗もの書いたのかなり久しぶりな気がして、とても楽しかったですvv
あ、お題は『雨』だったんですよ。
咎狗にはピッタリですね!



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