「おい起きろ」
身体中に電流が流れたかと思ったら、神経質そうな男の人の声が聞こえました。
わたしはゆっくりと目を開けて、その人の顔を凝視します。
その人は頭にターバン、端正な顔立ちに眼鏡をかけていました。
――素敵な人。
わたしはその瞬間から恋に落ちたのかもしれません。


【機械仕掛けの心】


わたしがお茶を持って急いで廊下を歩いていると、カップを床に落としてしまいました。
――しまった、これはマスターのお気に入りなのに!
わたしはそのままどうしていいのかが解らなくて、廊下の隅に移動しては反対側に移動を繰り返しました。
替えのカップは山ほどありましたが、それはマスターの好みではないのです。
だからわたしは時間を稼ごうと必死でした。
でも、そんな小細工が通じる相手ではないのです。
「おい、マリアージュ!茶はまだか?!」
そんなマスターの怒鳴り声が聞こえてきます。
わたしは他に手がないので、お気に入りのカップを割ってしまったことを謝ろうと心に決めました。
もちろんわたしに心なんてありはしません。
感情を乗せたオートマターの試作品であるわたしには、喜怒哀楽という感情が宿っているはずでした。
ですが、所詮は機械仕掛けの心。
本物の喜びも悲しみも、わたしは何一つとして持ち合わせてはいないので。
だから、マスターに何度怒られても、私が感じるのは予め創られた『哀』だけ。
ただわたしの身体を巡る血液の代わりでしかないオイルが目から流れるだけなのです。
「マリアージュ!まだか!」
マスターの怒号が響きます。
わたしは慌ててお茶を淹れ直しました。


その時のお客様というのが、お名前をレイジ様と申されました。
わたしはよく知らない、魔王ジーナローズ様の弟君だそうです。
その精悍な顔つきは、マスターのものとは違った風にわたしの目に映りました。
マスターは魔法を使うのですが、レイジ様は護剣の心得があり、かなりの腕前だとその席でマスターに教えて頂きました。
お茶を運びながら、そんなに偉い方がマスターに何の御用かと、わたしは聞き耳を立てておりました。
「残念ながらフォレスター、お前に回す費用は捻出できそうもない」
レイジ様はそう仰いました。
「うちの優秀な副官殿の計算の正しさは、お前も知っていることだろう?」
これにはさすがにムッとしました。
――どうせわたしは何の取り柄もないオートマタ―ですよ!
そう言ってやりたくなりましたが、マスターを不利な状況に追い込むだけ。
頭の悪いオートマタ―はマスターの迷惑です。
わたしは何の事だか解らずにマスターを見上げます。
マスターはしばらく黙っていましたが、次の瞬間には少々人の悪い顔でこんな事を仰いました。
「……そうか。それならばお前の姉に伝えてもらえるか?『金を回さないのならあの事をばらす』とな」
マスターは意味深な笑い方をしました。
これはわたしの直感でしかないのですが、とても嫌な予感がしました。
まるでマスターがその身を亡ぼしてしまいそうな、そんな嫌な直感が。
その言葉を聞いたレイジ様は初めて狼狽しました。
「……お前に姉上の何が解る?」
「やはりジーナローズはお前にも話していないのか。無知というのは悲しいな、ジェネラルよ」
……その後、急に力を増した人間軍によりレイジ様は命を落とした、という噂が魔界中に広まりました。


復活したレイジ様はわたしの事など覚えてはいませんでした。
所詮は一オートマタ―。
記憶に残っている方が可笑しいのです。
人間に倒されてからのレイジ様は以前とは印象がまるで違いました。
まさしく好青年という形容が似合う優しげな顔をしていました。
しかし、魔王ジーナローズ様が復活なさってから、その様子は傍から見てもおかしいと思えるようになりました。
まるでジーナローズ様だけが彼の癒しというように。
ある時マスターは、アンジェラという人間の子供を誘拐するよう私に命令しました。
なぜそんなことをする必要があるのかとわたしは訊きたかったのですが、マスターの楽しそうな顔を見るのに夢中で聞き出せませんでした。
そこにあのレイジ様達が踏み込んできたので戦いになりました。
わたしはマスターを庇って負傷しましたが、そんなのは怪我の内にも入りません。
「落とし前はつけさせてもらうよ、フォレスター!」
パージュ様が味方に魔法を繰り出すなど夢にも思わなかったのでしょう。
マスターは避けそこないそうになりました。
でもわたしは違います。
戦闘経験だけはマスターにも負けないのです。
「マリアージュ!」
すぐ傍にマスターのわたしを呼ぶ必死な声が聞こえます。
――ああ、幸せ。
マスターを庇うことが出来た自分に、今はとても満足した心地です。
「マスタ……好き」
やっと自分の気持ちを伝えられる。
わたしは機械仕掛けの心がだんだん動かなくなることを悟りながら、いつの間にか眠りについていました。
――ああ、本当に幸せだ。
これは人間に殺された時のジーナローズ様と同じ気持ちなのか、とお馬鹿なわたしは、そんな身の丈も知らないことを思うのでした。







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2014年 10月27日 莊野りず

マリアージュ→フォレスターでした。
書きやすいですね、一人称。マリアージュ視点になると見方が変わってくると思うのですがいかがでしょう?
どうしてもメインカプの二人以外にもキャラを出したくなるのがブラマトシリーズを書く上での癖です。
キャラが多いと華やかになりませんか?そういえば最近ユーニ書いてないなぁ……。
イメージソングは椎名林檎の「愛妻家の朝食」です。
ちょっとソレっぽくしたかったのは嶽本野ばら先生の小説「エミリー」収録の「レディメイド」。
両方合わせて、私の理想の可愛い女性像。(not女の子、あくまで『女性』)



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