苦しい。
苦しい。
苦しくて苦しくて、それでもやっぱり愛しくて。
彼らが私に会いに来てくれる日を、私はずっと望んでいた。


【苦しくて苦しくて愛しくて】


「姉上の様子が変なんだ」
魔王城の中庭でレイジはギルヴァイスとヴィディアに意見を求める。
「変って……どんな風に?」
「それが、なんと言えば良いのかわからないが、苦しんでるみたいなんだ」
ヴィディアは同乗するようにジーナローズの事を想う。
「……もしかして疲れてしまったのかもしれないわね。悪魔に魔力を与える太陽の役割が辛すぎて」
それは十分考えられることだ。
だとしたら、数で押されている悪魔軍には何か対策が必要になる。
「レイジ、ちょっと二人だけで話をしようぜ」
「どうしてあたしだけ仲間はずれなワケ?」
「お前がいるとオレのキレキレの頭脳も台無しになるからさ」
「ひっどーい!何とか言ってやってよレイジ!」
「いや、俺もギルと二人で話したい」
そう言い残して二人が去ってしまった後、ヴィディアは兵たちへの訓練メニューを二倍にした。
女傑などと呼ばれ始めたのもこの時からかもしれない。


「お前はジーナローズ様の事を好きだと言ってたよな?」
魔王城から少し離れた場所、ファレク湖。
レイジとギルヴァイスはそこにいた。
「ああ、愛しているとも」
「……そこなんだよ。お前はただ馬鹿みたいに「愛してる」なんて言葉を繰り返すけど、女からしてみればたまったもんじゃないぜ」
「そ、そういうものなのか?
レイジの動揺にギルヴァイスはたたみかける。
「そもそも『愛』ってのは『恋』の先にあるもんなんだよ。本当にジーナローズ様のためを思うなら放っておけ」
「でも明らかに変なんだ。『苦しい』って言葉とすすり泣く声が聞こえて……」
「ジーナローズ様は何に苦しんでいるんだろうな?」


その夜レイジは魔王城をこっそり抜け出そうとする怪しい者を見つけた。
「そこのお前!止まれ!」
レイジが鋭い声でそう言うと、相手はあっさりかぶっていたベールを脱いだ。
そこにいたのは目元を赤く腫らしたジーナローズ。
「姉上……なぜこんなに時間に?」
「何も……訊かないで。私を一人にして」
今でも涙の跡が残っている。
それに後取も怪しい。
まるで酔っているようだ。
「こんな状態で外に出ようって?無茶だ」
「それでもゲートに行きたいの!人間に会いたいのよ!」
ジーナローズの口から出てきた言葉にレイジは固まる。
今は人間軍との戦いの最中だ。
第一、魔王として人間に嫌われているジーナローズが人間界になど行けばその場で死よりもつらい苦痛が待っているに決まっている。
「ジェネラルとして絶対に許可できない」
レイジの判断は冷酷だった。
そしてこの会話のせいでレイジは自分自身の命を失う事になる。


――苦しくて、苦しくて、愛しくてたまらない。
ジーナローズは自身の精神世界で愛しの人間たちにつけられた傷を抱きしめる。
傷が痛むのは苦しい。
けれど、それ以上に愛おしい。
もっと沢山傷つけてくれてもよかったのに、とジーナローズは残念に思う。
だから早く、私を殺して。
そうすれば少しは人間たちにも好かれるようになるかもしれないから。






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2014年 5月22日 莊野りず

ヤンデレ姉さん。けどヤンデレってその過程が萌えるんですよね。
2は姉弟そろって愛されないが故なんですよね。それだけに「愛」という言葉に過剰反応しちゃう。
その辺のバランスが好きです。



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