わたしは養父母と暮らしていた時は広い草原にぽつりと建つ小屋のような家で育ちました。
決して裕福ではありませんでしたが、それなりに、いえ十分幸せでした。
草原には風車がいくつも並び、心地よい風を送ってくれました。
今ではもうそれは遠い風景ですけれど。


【遠い風景】


レアの膝に頭を預けて話を聞いていたアベルはただ「ふぅん」と気のない返事を返した。
「じゃあこんなところ耐えられないんじゃないのか?」
今二人がいるのは幽葬の地下通路。
とてもではないが風は吹かないし、ジメジメしていて気分が悪くなる。
「あ、いえ、そんなつもりはないんです」
レアはアベルの顔を覗き込む。
「ただアベル様にもこの世界の少しでも美しい風景を知ってもらいたくて」
嘘や欺瞞、偽りに満ちたこの世界でも美しいもの、価値のある物はある。
そうレアは言いたかったのだ。
「……美しいもの、か」
アベルにはもう美しいものは見えているつもりだ。
健気に仕えてくれるレアなどはその最たるものではないか。
そのレアが見たいのなら連れて行ってやってもいいかもしれない。
「レア」
「はい?」
「明日は空けておけ」
レアはぽかんとアベルを見つめる。
「お前の育ったところに連れて行ってやる」
アベルは首の向きを変えた。
照れている顔を見られたくなかったからだ。
「アベル様、ありがとうございます!」
アベルの頬に温かい滴が落ちてきた。
それはうれし泣きをするレアの涙だった。


翌日、アベルは翼を広げるとレアにくっつくよう言った。
言われるまでもなく、レアはアベルにきつく抱き着いた。
海を越え、島に着くと、そこにはレアの言っていたように風車が並んでいた。
「……いい風だな」
アベルがそう言うとレアは嬉しそうに「そうでしょう?」と相槌を打つ。
「思っていたよりいいところだ。お前はここで育ったんだな」
そう思うと妙に感慨深い。
しばらく歩くと、小さな小屋のような家が顔を見せた。
「アベル様、わたしが育ったのはここなんです!」
レアは普段見せない満面の笑みで腕を広げている。
よほど嬉しいのだろう。
連れて来てよかったとアベルが思っていると、丘の向こうから中年の男女が歩いてきた。
「あ」
男はレアを見るなりみるみる顔を赤くした。
しかしレアは男の変化に気づかない。
「お養父さん、お養母さん!」
レアは走って二人の元に近づいた。
てっきり喜んでくれると思っていたのだろう。
その期待は頬へのビンタで裏切られた。
「……え?」
養父母は怒りに満ちた顔でレアを見た。
「何のために教団にお前を売ったと思っているんだ!しかもお前、悪魔まで連れて……」
「違うんです!この方は……」
「この親不孝者!悪魔なんかと睦むなんて!」
養父母の目は厄介者を見る目だった。
アベルは養父に一発入れると、レアを連れて飛び去った。


「わたしはこんなにも懐かしいと思っているのに、もうあの場所は遠い風景なんですね」
しょんぼりするレアに慰めの言葉など浮かばない。
「……忘れてしまえ、あんな奴らの事なんか。お前の居場所はここにあるだろ?」
アベルの精いっぱいの慰めに、レアはアベルに縋り付いて泣いた。








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2014年 10月18日 莊野りず

レアが可哀想な話になってしまった……。
昔あった公式サイトで、レアは養父母に金貨で売られた的な事が書いてあったのでその設定を使ってみました。
当サイトのアベレアはレアの健気さでできています。



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