ドゴオオオオン……!
エンブリオンはルビエルの魔法によって葬られた。
「これで何匹目だ?」
ルビエルは気だるげに傍らに立つリプサリスに尋ねる。
「はい、八十五、六かと」
その報告を聞くと気が滅入ってくる。
いったい自分は何十匹のエンブリオンを始末しなければならないのか。
「あの……お辛かったらわたしも加わりますが……」
「気遣いは無用だ。お前は離れているといい」
こうして法天使コンビが成果を上げたのは翌朝の五時だった。


【緊急事態発生】


エンブリオンの数が日ごとに増している。
ルビエルとリプサリスの知るところだけでも二百は処分したはずだ。
それなのに一向に数の減少が見られないのはどういうわけか。
「……お疲れ様です、ルビエル」
同僚であるテリオス・センタギルタがルビエルの執務室を訪ねてきたのはエンブリオンを始末したその日の午後だった。
彼は遠慮がちに扉をノックしてから許可なしに入ってきた。
「貴様に気遣ってもらう謂われはない」
睡眠不足と疲労で、誰を相手にするのも面倒だった。
特にこのテリオスは腹に一物を抱えている。
そんな相手とはこんな時には会いたくない人物の筆頭だ。
「僕も嫌われたものですね」
皮肉気な笑みを浮かべて、テリオスは応接セットの椅子に腰かける。
『僕なんて三流ですよ』が口癖の食えないこの少年(?)がわざわざルビエルの執務室を訪ねてきたという事は何か急ぎの用か。
ルビエルはそう判断した。
「……どうやら僕たち教団の中に裏切り者がいるらしい。緊急事態発生、ってやつです」
「なんだと?それは本当か?」
ルビエルは教団内で法天使という重要な役職についている。
これは己の実力が正当に評価された結果とルビエルは信じている。
つまるところ、戦闘での活躍だけではなく頭脳にも期待されていることだ。
そのルビエルにも裏切り者の存在は思いもよらないものだった。
「それで、貴様は誰がその裏切り者だと考えている?」
「僕も確証があるわけじゃない。ホワイトフェイスが一番怪しいと思うんだ」
「ホワイトフェイスか……」
法天使であるルビエルが公平さを欠いてはいけないと思うが、あの男は気に入らない。
事あるごとにリプサリスを『弱者』と罵るからだ。
ルビエルの考えていることを察したのか、テリオスは場所を変えることを提案した。


今度はテリオスの執務室だ。
無駄なものが一切ないルビエルの部屋とは違い、辺り一面に書物が散乱している。
テリオスは言い訳するように言った。
「普段はこうではないんですよ?ただエンブリオンが『先祖返り』などという事実が実際にあるのかという症例を当たっていたらこうなっていたんです」
ルビエルとしては居心地の悪さは拭えないが、我慢するほかない。
この場にはリプサリスもクレイスもいない。
密談にはもってこいだ。
「この部屋の事などはいい。実際にあったのか、『先祖返り』の症例は」
「なかった。どうやらあの狸は僕たちをも欺こうとしているらしい」
あの狸とはもちろんホワイトフェイスの事だ。
「しかし証拠もなしに奴を問い詰めるのは法に反する」
「そこなんですよ」
テリオスも困ったように言う。
「貴女から何か探れませんか?」
「無茶を言うな。一体どうやって……」
その言葉を遮るようにルビエルの唇にテリオスのそれが重なる。
事故ではない、故意だ。
ルビエルはしばらく固まった後、テリオスを睨んだ。
「……いったい何の真似だ?」
「こうして訊き出せばいいじゃないですか。貴女は魅力的だし」
「ふざけるな!」
いったいテリオスは何を考えているのか。
ルビエルは己の頬が赤くなるのを感じる。
「可愛い人ですね。やはり僕は貴女が好きらしい。……またこうやって口づけできる日が来ることを祈ってますよ」
テリオスはいつもの調子で笑う。
緊急事態発生。
ただしそれはルビエルの胸の中での事だ。








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2014年 6月6日 莊野りず

ルビエル様大好きです、天使サイドでは一番。
テリルビを全然見かけないので自給自足。ルビエル様はああ見えて初心だと可愛い。
一人前の大人の女性が初心だと意外性があっていいですよね、って話でした。



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