「……なぁ、レア」
「……」
アベルがレアに語り掛けても、レアは知らんぷり。
「おいレア、機嫌を直せよ」
「……」
レアは食器を磨くことに専念している。
カルヒン族と敵対する連中の間で溶け込んでいるとはいえ、アベルたちは結局他人だ。
「……レア」
アベルにはレアの機嫌がここまで悪くなる理由が解らない。
言いたいことがあるのならはっきり言えば良い。
それでもそうしないのはレアの性格だろう。
このままでは打つ手なしとアベルは諦めかけていた。


【貴方でも許さない】


先日カルヒン族の村で軽くカインをひねってやった。
レアはその時のダメージが残っているようだ。
寿命も恐らくは長くないだろう。
そう思うとアベルの心は虚空へと飛ばされる。
――あのレアが死ぬなんて納得できない。
レアの笑顔や優しい眼差しはマティアから得られなかったものだ。
だからレアを喪うわけにはいかない。
自分が我儘だという事は身に染みて知っている。
それでもレアだけは助けたい。
その想いはアベルの心にだけ封印されている。
決してレアにプレッシャーを与えないように。
それでもレアは気に入らないらしい。
何がそんなに気に入らないのだろう。
アベルの考えうる限りの待遇を与えているというのに。
レアは今日も厨房に立っている。
――なぜだ?
もうアラギもいない。
だから自分の夕食を作るだけで十分なはずだ。
なのにレアはアラギの分の夕食まで作っている。
やっと調理が終わったかと思うと、おもむろにエプロンを外した。
「アラギ様、どうか安らかに」
その一言でアベルのイライラは完全に積もった。
「お前はオレの侍従だろ?なぜアラギなんかの――」
そう言った途端、レアは泣きそうな顔をした。
「失礼します!」
そう言ったきり、レアは森へと消えてしまった。
「レア!」
この辺りには野生の動物も多い。
レアの危険を感知してアベルはそこへと向かった。


「はあはあ……」
レアはバトンを振り回し、何とか攻撃をいなしていた。
しかしそれも長くはもたないだろう。 ――すみません、アベル様。
飛びかかってくる怪物を前に思い出したのはアベルの顔だった。
――殺られる!
そう覚悟した時に獣の断末魔が聞こえた。
そしてそこにいたのは他でもないアベルだった。
「アベル様!」
「意識はあるか?オレたちだけでコイツを始末するんだ!」
「はいっ!」
レアはバトンを構えなおすと敵に向かって呪文を唱えた。
アベルはヘビーソードで敵を切り裂いていく。
二人のコンビネーションは完璧だった。


敵を葬り去って数時間が過ぎた。
何となくこの沈黙に耐えきれなくなったアベルがレアに尋ねる。
「……そんなにオレは信用がないか?」 「いいえ、そんなことはありません」
「じゃあなぜ?」
その時レアの服の下から甘えるような声が聞こえた。
「この鳴き声は……猫か?」
慌ててレアは弁解する。
「このコ身寄りがないんです。ですからわたし達で飼おうかと……」
これで合点がったいった。
絶対的な主従関係を誓うレアでもこの子猫を放ってはおけなかったのだろう。
「……だったら早く言え」,br> アベルとしてはレアからの生命供給がなければ死んでしまう。
そんな貴重なインセストであるレアの頼みの一つや二つ、聞いてやらないこともない。
「精々可愛がってやるんだな」
「ありがとうございます!」
レアの無邪気な喜びの顔など久しぶりに見た。
気分としては悪くないアベルだった。







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2014年 6月30日 莊野りず

お題とちょっとズレたアベレアほのぼのです。
アベルはなんだかんだ言ってレアには逆らえなさそう、いやなんとなく。
猫のクセがわかる本を買った記念に書いた話だったりもします。



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