アンジェラの声は出さないのではない。
出したくても出ないのだ。
それは彼女の実の両親が天使に殺されたことに起因する。
ランガーの娘と同じく、彼女も同じように大天使長メルディエズに両親を殺されているのだ。
アンジェラは今でも忘れることが出来ない。
『貴様を殺すよりも貴様の両親を殺した方が面白そうだ』
メルディエズはそう言って、無情にもアンジェラの両親の命をいともたやすく奪い去った。
それを両の目でしっかり見てしまったアンジェラには再び声を出す事など出来なくなった。
……女悪魔、パージュに出会うまでは。


【おやすみ、いい夢を】


「じゃあ灯りを消すよ」
パージュがランプを消そうとすると、決まってアンジェラは無言で首を左右に振る。
その目には微かに涙が滲む。
「どうしたんだい?明るくないと眠れないのかい?」
パージュは仕方がないとばかりにアンジェラに向かって笑いかける。
「大丈夫。ここにはあたしもランガーもいるんだから」
そう言い聞かせてもアンジェラは大人しくならない。
夜になるといつもこうだった。
大天使長メルディエズはすでに倒した。,br> アンジェラがおびえる要因などどこにも見当たらない。
なのにアンジェラは不安げだ。
「パージュ、もしかしたらアンジェラは暗闇にトラウマでもあるのかもしれない」
「トラウマ?なんだいそれは?」
「心の傷、とでもいうか……」
ランガーは言いよどむ。
日中は明るいアンジェラがここま怯えるなどただ事ではない。
「……明日にでもジーナローズ様に相談に行こうか」
パージュはそう言ってアンジェラを抱きしめた。


「トラウマ……。そうなの、アンジェラ?」
ジーナローズは心底心配そうにアンジェラの瞳を覗き込む。
そこにあるのはいつもの微笑みだが、何かを隠しているとジーナローズは思った。
「ああ、言いたくないのなら無理はしなくていいのよ。パージュ、私はこの子の精神世界をのぞいて来ようと思います」
「そんなことが出来るんですか?」
思たよりも深いらしいアンジェラの心の闇にパージュは不安げだ。
そこへそばに控えていたレイジが胸を張って保証する。
「大丈夫だ。姉さんならアンジェラの事を悪くはしない。そうだろ?」
「それはそうだけど……」
やはりパージュの不安は消えない。
ランガーがパージュの肩に腕を回す。
「それでは少々潜ってみます。すぐに戻るから」
そう言い残して、ジーナローズはロッドを構えた。


次にジーナローズが目覚めたのはアンジェラの悪夢の中だった。
メルディエズの顔が精神世界を支配している。
「貴方は……そんなにも人間が憎いの?どうして私たちの子供を愛せないの?」
ジーナローズは悔しくなってきた。
天界の天使がすべて彼の様だとは思いたくないが、やはり天使への偏見が消えない。
「大丈夫よアンジェラ。すぐにこの悪夢を終わらせてあげる」
ジーナローズはロッドで魔法を数回繰り返した。
その後、息のない両親に回復魔法をかけ、蘇生させた。
もちろんこれはあくまで精神世界の話。
アンジェラの実の両親が生き返るわけではない。
それでもアンジェラのトラウマは取り除けたはずだ。


「ただいま」
ジーナローズが戻ると、アンジェラは泣いていた。
今まで感情らしい感情は喜びしか見せていないアンジェラが。
「ジーナローズ様、アンジェラは?」
「トラウマは取り除けたはず。あとは貴方たち次第です」


ジーナローズはああ言ったが、やはり不安は残る。
「灯りを消すよ?」
「……」
泣きださないところを見ると、ジーナローズの対応は的確だったのだろう。
「おやすみ、いい夢を」
アンジェラがせめて夢の中でなら幸せになれるよう、祈るような気持ちでパージュは灯りを消した。







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2014年 10月26日 莊野りず

パージュ(+ランガー)とアンジェラの話でした。
序盤の話は捏造です。本気にしないでくださいね。
アンジェラくらいの見た目なら喋ってもいいんじゃないかと疑問に思って書いた話です。
どうしてもレイジとジーナローズ様を出したくなるのは癖です。多分治りません。



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