アベル様と出会ってから、わたしの世界は変わりました。
教団に囚われる前から養父母の元で暮らしていた頃とは比べものにならないくらい、世界は開かれました。
彼はいつもわたしに新たな世界を見せてくださいます。
そしてキボートス島に到着すると、最後の世界を見せてやる、と仰ったのです。


【純白が黒く染まる時】


「……え?」
思わずわたしはアベル様の顔を二度見してしまいました。
教団も一枚噛んでいるという、『倒立樹計画』。
アベル様もそれに乗るつもりだそうで、わたしはなぜか嫌な予感がしました。
「嫌ならやめてもいい。無理強いはしない」
出会った当初とは違って、アベル様はわたしを信頼してくれる。
その事が何よりも嬉しくて、誇らしい。
それに何より、こうして意思を尊重してくれるようになったのは、あのカルヒン族の集落以来。
覆わず舞い上がってしまいそうな自分を押さえるのには毎度の事だけど苦労する。
……わたしだって、普通のヒトです。
そんなことだってあるのです。
もっともそんな事、アベル様はきっと気にしないんでしょう。
そういう自分の芯を持っている強さが、わたしには眩しい。
わたしはただの弱者で、アベル様のお荷物でしかない。
そんな事をぼんやり考えていたら、この島の教会に通う少年がわたしを呼び声がした。


「……お姉ちゃん」
ニコという名の少年は、なぜかわたしに優しい。
優しくされると冷たく突っぱねることが出来ないのがわたしの欠点。
「……どうしたの、ニコ?もう真夜中ですよ」
するとニコは下を向いて声のトーンを落とした。
「……アイツが、カインがこの島に帰ってきたんだ!神父様を殺したアイツが!」
カインがこの島に来たというのは初耳だったけれど、昼間にアベル様が外出したのはそのせいかと思い至る。
「ボクが神父様の仇を討つんだ!」
わたしの心中など全く気づかないこの少年は、ひたすら「殺す」と繰り返す。
思わず同情したわたしはつい口が滑ってしまった。
「……おやめなさい。そんな事をしても神父様はお喜びになりませんよ」
「でも……!」
我ながら酷く冷酷な声だったと思う。
「カインを殺すもの、カインに罰を与える者は他にいるはずです」
そう、それはアベル様の役割。
他の誰にも邪魔をする権利などないし、与えるつもりもない。
どうしても邪魔をするのならこの身を張ってでも邪魔など許さない。
「……お姉ちゃん?」
わたしの心が読まれたのかと一瞬焦ったけれど、この少年はインセストでも何でもない、ただのヒトの子だ。
「……すみません、少し眠くなってきました。貴方もそろそろ眠る時間でしょう?本でも読みましょうか?」
「うん!」
まるで子守の様だと内心苦笑した。
その後はわたしが本を読んでいる間に、ニコは安らかな寝息を立てた。


朝、目を覚ますとニコはもう目覚めているらしかった。
こんなに朝早くからどこへ行ったのだろう。
身寄りのない子だとは本人から聞いているけれど。
どうしたものかと逡巡していると、教会の窓を叩く音がした。
わたしは慌ててその窓を開ける。
「お待ちしておりました。……それで、例のペインリングは?」
アベル様は教会という場所が嫌なのだろう、軽く舌打ちした。
「リリスとかいう子供が体内に宿している」
教団の実験施設で嫌というほど見てきた、地獄のような光景を思い出して、わたしは眩暈を覚えた。
「……大丈夫か?無理強いは……」
アベル様の気遣わしげな声が聞けた。
その事実だけで、わたしは幸せを実感できる。
「教団の非道な天使の一人くらい、アベル様の手を煩わせる必要はありません。わたしがやります。……やりたいんです」
最後の一言が効いたのか、アベル様はそれ以上何も言わなかった。


「……それを成し遂げるのは貴方ではありません」
わたしは低く呟くと、完全に周囲から死角になる茂みから一直線に知天使・ホワイトフェイスの身体に刃をうずめた。
彼は万に一つも予想していなかったに違いない。
「……お前、は」
彼からペインリングを奪ってしまえば、遺体には用はない。
わたしは血に濡れた生温かいペインリングを胸元で握り、アベル様の元へと急いだ。
途中から成り行きを見守っていたが、生きたままペインリングを抜き取られた少女は多分、もう、長くない。
息を弾ませてアベル様の元へ戻ると、彼は呆れたようにわたしの顔を見た。
「……もしかして、間違っていましたか?」
確かにリリスという名の少女の体内で育ったもののはずだ。
間近で見ていたのだから間違いない。
「いや……」
アベル様はどこか悲しそうに何事かを呟いた。
「――た」
わたしにはそれが聞き取れなかったけれど、きっと褒めてくださったのだろう。


確かに、レアにペインリングを持ってくるよう指示したのは自分だ。
しかし、彼女は以前カルヒン族の集落で戦いを楽しんでいなかった頃とは変わってしまった。
ペインリングを持ってきた時のレアの表情には驚いた。
顔に乾いた血がついたままで微笑む彼女を見て、アベルの中で何かが崩壊しそうになった。
――レア、お前はオレと違って純白だった。
今や彼女は黒く染まってしまった。
レア自身が望んだこととはいえ、彼女が手を汚したのは自分のせいだ。
不思議そうに小首を傾げるレアを前に自分を責めることしか出来なかった。







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2014年 12月4日 莊野りず

アベレア好きな方は多分ほのぼの好きだと思うのですが(書くいう私自身もほのぼのアベレア好きですv)、お題の都合上、こんな話になりました。
というか、2だとみんな漏れなく黒い部分があるし、純白キャラと言えばサファエルだけど彼女はユーニに襲われかけていればいい派(なんだそれ?)なので、アベルとレアです。
まぁ、うちのアベレアって七割くらいはほのぼの寄りだし、たまにはスパイス的に暗い奴を書いてみたくなったので。



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