倉庫整理で出てきたのは白い薔薇の栞。
ジーナローズはそれを見つけた途端に頬がほころんだ。
「……レイジにもいいところはあるのにね」
それは彼女の遠い記憶まで遡る。


【色褪せた記憶】


「俺は姉上に喜んでいただきたいんだ!」
突如レイジが大声を出したので、ジーナローズはその様を陰から覗き込んだ。
何やらギルヴァイスと揉めているらしい。
ジーナローズはそれを黙認するか否か逡巡した。
それでも結局は好奇心には勝てず、そのまま覗いていた。
辺りを歩く侍女たちがこちらを見ている。
彼女らはジーナローズの衣装箱を運んでいる最中だった。
そんな彼女らに衣装箱を置く位置を指示して、そのまま観察を続ける。
どうやら何を姉に送ればいいのか迷っているだけの様だ。
「レイジったら。気なんて遣わなくてもいいのに」
そう呟くが、まだ若い日の事だったためか見続けたくなってきた。
レイジはギルヴァイスと揉めた後でフォレスターの城に行くと宣言した。
――あの子にも困ったものだわ。
ジーナローズは苦笑したが城からは出なかった。
魔王としてこの魔界を治めなければならないからだ。
内心ではうずうずしたが、こればかりは仕方がない。
ジーナローズは城を出ていくレイジとヴィディアを名残惜しく見つめていた。


フォレスターの城に着いた途端、嫌な薬品の匂いがした。
レイジは全く怯むことなくフォレスターの元へやってきた。
この時にはまだマリアージュはいない。
知能を持ったロボット、イモータル・フォースが茶を運んできた。
「何用だ?」,BR> もう少しで新たなオートマターであるマリアージュの完成を前に、フォレスターは多少焦っていた。
「姉上に喜んでもらいたい。何かいい品を知らないか?」
直球なレイジと、策を巡らすタイプのフォレスターの組み合わせは、昔から相性が悪かった。
「何かおススメのお花とかありません?」
レイジのフォローにと、ヴィディアが尋ねる。
フォレスターはしばし考え込んだかと思うと、白薔薇はどうかと提案してきた。
「白薔薇?なんだそれは?」
「これだから物知らずは。人間たちの花の一種だ。花言葉は純潔。ジーナローズにぴったりではないか?」
そう言われるとそう思えてくる。
レイジは早速その場所を聞き出すとドレスト山地に急いだ。
勿論この事はジーナローズは知らない。


ドレスト山地をどれだけ探しても、フォレスターの言っていた白薔薇は見当たらない。
薔薇は繊細な植物なため、育つ環境によるという事は、慌ててフォレスターの城から出てきたレイジたちには知る由もなかった。
「フォレスターめ!この俺をたばかるなんて……!」
レイジは悔しげにあたりの草を蹴りあげた。
するとそこから見えてきたのは白い、レイジが見たことのない花だった。
いや、実は見たことがある。
フォレスターの持っている書物に書いてあった白薔薇そのものなのだ。
「これが……白薔薇?」
生まれて初めて見た白薔薇は過酷な環境でも凛と咲いている。
それがまるでジーナローズの様でレイジは珍しく感傷的になった。


その夜、レイジは花が枯れる前にジーナローズに白薔薇を渡した。
ジーナローズは心底嬉しそうにその儚い命を抱きしめた。
満足したレイジだが、ここで驚きが起こった。
何とジーナローズがレイジの頬にキスしたのだ。
それは親愛の情。
レイジは顔を真っ赤にした。


「ふふっ」
ジーナローズはその時の事を思い出すと今でも笑いが漏れる。
――あの時は可愛い弟だったわ。
ジーナローズにとっても頬へのキスは初めてだった。
当時の白薔薇の栞は今も残っている、
けれどそれは色褪せた記憶。
だってレイジはその事を覚えていないのだから。



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2014年 11月8日 莊野りず

前サイトで置いていたものを弄ってみました。
頬へのキスは親愛の情だと聞いてこれだ!と思いました。
白薔薇の純潔は有名ですよね。



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