事の発端はある晴れた日の事だった。
テリオスは机の上で頬杖をついていた。
「……最近つまらないなぁ」
ルビエルの代理でこの部屋を訪ねていたリプサリスは運悪くその言葉を聞いてしまった。
面白い事好きのこの人物には警戒するようにと、上司であるルビエルに注意されている。
「……何の事ですか?」
テリオスの独り言だということは重々承知だが、放っておくと後々面倒くさい事になるのは目に見えている。
「いやさ、最近はクレイスもスティエンの訓練に忙しいって言って、僕に構ってくれないんだ」
「……それは、寂しいですね」
中身はいい歳をした大人だというのに……やはりこの人物は面倒くさい。
そんな事を考えているのはテリオスにはお見通しの様で、テリオスはリプサリスに向き直る。
「ねぇ、何か面白い事、ないかなぁ?」
リプサリスはどう返せばいいのかすぐには思いつかない。
面倒くさい事は確かだが、一応分別はあるはずだ。
やっていい事と悪い事の区別くらいはできるだろう。
「レッド・ムフロン様などいかがでしょう?」
悩みに悩んだ末、リプサリスは彼と同じ十神将の名を挙げた。
テリオスが欲しているのはからかっていて楽しい相手だ。
ならば単純なレッド・ムフロンは絶好の相手ではないだろうか。
「うん、彼もいいね。ありがとうリプサリス。ただ書類を届けに来てくれただけなのに付き合わせて悪かったね」
「いえ。それではわたしはこれで」
テリオスの部屋から廊下に出てきたリプサリスは、これで一安心だと胸を撫で下ろした。


【裁きを受けよ】


後日、ルビエルの執務室に最高級の茶葉が届いた。
差出人の名はなく、運んできた僧兵もただ天使様だとしか言わなかった。
当然ルビエルは不審に思った。
「……どこの誰だ?この私に名も明かさず物を送ってくる輩は」
一応中身を空けてみると、いつもルビエルが愛飲しているものだ。
添えられた菓子もお茶請けとしていつも常備してあるもの。
「気味が悪いですね」
「全くだ」
リプサリスも差出人の心当たりはない。
この執務室に送りものができるのは、教団内部の全ての者。
密かにルビエルを尊敬の眼差しで見つめる者も少なくはないし、大人の女性として目標にする者も数多い。
リプサリスはそんなルビエルの側近として扱われることに誇りを持っている。
だからこそ、この不気味な贈り物の送り主は自分が探し出すと、ルビエルに誓った。


翌日も荷物が届いた。
今度はルビエルが探し求めていた古文書が数冊。
またしても差出人の名はない。
「なんなんだ。なぜ私の欲しかったものが……」
少しは嬉しいが、不審な事には変わりない。
見知らぬ人物はこんな真似をしてルビエルが喜ぶとでも思っているのだろうか。
「……ですが、これで大分絞れるのではないでしょうか」
頭を抱えながら、ルビエルはやっとの事で頷く。
「ああ……だが私も流石に気色悪さで気分が悪い」
「お気を確かに」
リプサリスの中で微かな疑念が生まれた。
――まさか、いや、あの方を疑うなんてわたしったら。
ありえないと思いながらも、一度生まれた猜疑心はそう簡単には収まらない。


モヤモヤとした気持ちのままでその次の日を迎えた。
やはりその日も荷物が届いていた。
今度はか弱いリプサリスでも軽々と運べる、手のひらサイズの小さな箱だった。
こんな小さな箱に収まる物など限られている。
「……なぜかものすごく嫌な予感がするのだが、開けるべきだと思うか?」
普段は自分の判断で行動するルビエルが相談してくるのは相当の事だ。
この三日間の内にルビエルは憔悴している。
それほどまでにこの厄介な贈り物に悩まされている。
「……犯人特定のためです。わたしが開けましょうか?」
「いや、私がやる。……やらねばならないのだ」
ルビエルは意を決してその小箱を開けた。
中に入っていたのは紅い石のついた指輪だった。
それを見た途端、ルビエルはよろめいた。
リプサリスは折りたたんで添えられたメッセージカードに気づく。
ルビエルはそれには全く気づいていない。
こっそりそれを広げて、文面に視線を落とす。
――お気に召しましたか? 貴女のTより
どう考えてもこの事件の犯人は彼しかありえない。
思い返してみれば心当たりがありすぎる。
十神将の中でもあの人物はルビエルと比較的親しいし、文献は彼の執務室に山ほどある。
「……そうか、そういう事か」
いつの間にか立ち直ったルビエルが、短い文面を見ていた。
「あの男は……ふざけた真似を!」
ルビエルが怒りを露わにメッセージカードを握りつぶす。
その尋常ではない怒りに、リプサリスは思わず震えるしか出来なかった。


「そろそろ私は退席したい。研究が山積みだからな」
ホワイトフェイスが十神将裁判の場から去ると、残されたのはルビエルとテリオス。
そしてそれぞれの副官であるリプサリスとクレイスもその場にいた。
クレイスはいつもの通り落ち着いているが、リプサリスは気が気ではなかった。
「では僕たちもそろそろ……」
「待て」
テリオスがクレイスを伴って去ろうとするところで、ルビエルが低い声を出した。
「貴様に訊きたいことがある」
「……なんでしょう?内容が何であれ、貴女が僕を引き留めてくれるなんて嬉しいですね」
テリオスは笑みを浮かべた。
当然引き止める理由は解って言っているのだろう。
この場に残っているメンバーで事情を知らないのはクレイスだけだ。
「茶化すな。貴様、私を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「あ、バレました?」
悪気が全くない笑顔でテリオスはあっさり認めた。
「馬鹿になんてしてませんよ?あれは僕の心ばかりのプロポーズの品ですよ。喜んでいただけましたか?」
「気色が悪くてここ数日は睡眠不足だ。嫌がらせか?誰の入れ知恵だ?答えろ!さもなくば私が直接、貴様に裁きを下すぞ!」
リプサリスは冷や汗が止まらない。
「……それを聞くのは野暮ってものです。ではまた」
この言葉に、リプサリスは胸を撫で下ろす。
テリオスなりに気を遣ってくれたのには助かった。
普段冷静な分、一度怒りのストッパーが外れると止まらないのだ。
二人きりになった裁きの場で、リプサリスはルビエルを宥めにかかるのだった。










_______________________________________________
2014年 11月9日 莊野りず

テリルビのギャグでした。
『冷静な大人の女性が顔を真っ赤にして照れてる』シチュには弱いです。
ルビエル様にはテリオス様の老獪さくらいがちょうどいいんです。
それにしても私の書くギャグモノってゲラゲラ笑う系じゃないんですよね。
強いて言うならシュールギャグ?
目標は美川べるの先生のハイテンションギャグです。



B/Mトップに戻る
inserted by FC2 system