――俺は間違っていたのか?
いいや、そんなはずはないとレイジは首を横に振る。
確かに、愛、だったはずだ。
それがどうしてこんな事に。
――所詮お前が愛したのは虚像だ。
そんな男の声が頭から離れなかった。


【虚像を愛した】


思えば、レイジは昔からジーナローズが大好きだった。
美しく、優しく、花のように可憐な姉。
それはレイジにとって理想の女性像であり、敬愛すべき対象だった。
それがいつからだろう。
自分が疎まれているように感じ始めたのは。


「レイジ、どうしたの?」
ジーナローズの仕事の手伝い――そんな名目で、レイジは謁見の間にいた。
彼女のその声で慌てて我に返る。
「なんでもない」
レイジが不愛想に答えると彼女は微笑んだ。
「そう、それならいいの」
そう言ってジーナローズは次の者の相手をする。
今日は魔界中の悪魔たちが陳情に訪れている。
様々な不便や不満をジーナローズは穏やかな顔をして聞いている。
それは人間の一部が信仰している聖母マリアにも似ていた。
尤もレイジはそんなものは知らないし、信じないだろうが。
「……」
レイジが立って見守るもの最愛の姉が時々酷く残酷に感じられる。
優しいことは美徳だろう。
しかし一から十までやってあげていれば、相手は自分の力を失う。
その優しさが欺瞞に満ちたものともレイジには映るのだ。
「……どうしたの?」
ふと我に返ると、ジーナローズが心配そうな顔をしてレイジを見上げていた。
「疲れたのなら休んでいていいのよ?」
ありがたい申し出だが、自分からやると言った事。
最後までやりきらないと気が済まない。
「いや、大丈夫。そこまで軟弱に見えるのか?」
レイジがそう返すとジーナローズはそれもそうねと笑う。
この笑顔は偽りのものだ。
もうずっと前からレイジは気づいている。
それでも気づかないふりを続けている。
――不毛だ。
レイジは内心でそう強く思う。
昔の彼女はもっと素直に笑っていたはずだ。
こんな仮面のような笑いではなく。
それが、それがどうしてこうなってしまったのだろう?
レイジは頭が重くなるのを感じた。


レイジが自室に戻るとそこにはヴィディアからのものと思しき差し入れのおにぎりと置手紙があった。
『立ち仕事って疲れるでしょ。ジーナローズ様のお仕事ってどんなの?今度教えてね!』
ヴィディアが作ったものらしく形はいびつだったが、味はまあまあだった。
彼女らしい乱れた筆跡といい意味で気安い文面に好感を持った。
――幼馴染ってのもいいものだな。
レイジは頭痛に耐えきれずにベッドに這っていくと、そのまま眠った。,br>

昔のジーナローズはあんなに虚ろに笑う人ではなかった。
心から楽しそうに、ころころと笑ったものだ。
それが、今ではガラス細工のような虚ろな瞳で口角を上げるのみ。
これでは人形と大差ない。
――いや、姉さんは……。
美しく、優しく、花のように可憐。
――本当にそうなのか?
もう一人の自分の声が聞こえる。
その問いに応えられないでいると、更に声が聞こえる。
――お前はジーナローズという虚像を愛したんじゃないのか?
その声を振り払うように頭を振る。
――いいや違う。俺は、俺は……。


「レイジ、レイジ!」
目覚めるとそこは自室だった。
ヴィディアが心配そうに見つめている。
「……なんだヴィディアか。どうかしたのか?」
「何だじゃないわよ!こっちはすっごく心配したんだから!それと、ジーナローズ様が……」
ヴィディアはむくれて言ったが、その言葉の後半が気になった。
「姉さんがどうしたんだ?!」
姉を中心に世界が回っているレイジからしてみれば彼女に何かあっては一大事だ。
「……今朝からお姿が見えないの。レイジには心当たりはない?」
「いいや、全く」
自分でも不思議なほど落ち着いていた。
「でも多分、城の近くにお忍びで視察にでも行ってるんじゃないか」
あの夢の中で自分に問いかけてきたのはきっとレイジの理性だ。
――俺は虚像を愛したんだ。
昔の面影がほとんどないジーナローズの肖像画を見ながら、レイジは冷静にそう分析した。







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2014年 6月27日 莊野りず

たまには冷たいレイジナを。
虚像と聞いて、すぐジーナローズ姉さんが思い浮かびました。
ゲームのテキストでもなんだか虚像の魔王と言った印象を受けたので。
リィルート以外でも姉さんが幸せになれるエンディングはないものか……。



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