傷病者キャンプで陣を張った。
しばらくはここを拠点にしようとギルヴァイスが言いだしたのだ。
レイジも他の仲間も異議はなかったし、天使たちに同族をみすみす殺されることも防げるという利点もある。
その日の夜、激しい雨が降り出した。
雷まで鳴りだす始末で、この雨の中で人間や天使たちに奇襲をかけられてはたまったものではない。
レイジは自分のテントから出ると陣を見回った。
そこで雨に濡れているヴィディアを見つけた。
「……ヴィディア、こんな雨の中で何してるんだ?風邪ひくぞ?」
ヴィディアは、涙ぐんでいた。
普段の強気な彼女とのギャップに、レイジは大いに戸惑う。
「……だって、レイジが記憶を失ったのも……こんな雨の日だったから。雷も鳴ってたのに、ジーナローズ様を助けに行くって聞かなくて……」
そこでまた、彼女の瞳から涙が溢れた。
「レイジの記憶がなくなったって聞いた時は、本当に悲しかった。あたしたちとの思い出も全部なくなっちゃったんでしょ?」
「……確かに今の俺には昔の記憶はない。それでも俺は俺だ。……もう二度と、お前たちに不安な思いなんてさせないから」
レイジは近くの木陰にヴィディアを連れて行った。
そして彼女の長い髪を丁寧に乾いた布で拭く。
「……レイジがこんなに優しいなんて、嘘みたい」
ヴィディアはすっかり泣き止んでいた。
レイジとしてはそれほど昔の自分は冷たかったのかと我ながらおかしく思う。
「そんなに変わったか?」
ヴィディアは無言で頷いた。


【雨に濡れて】


ヴィディアとギルヴァイス、カルテットの面々やその他の者たちの力を借りて、何とか人間軍から魔王城を取り戻した。
もちろんそこまでの道のりは決してたやすいものではなかった。
魔力の供給が満足でない悪魔軍はか弱い人間軍相手にも苦戦を強いられることもしばしばだった。
特にパージュはスクィーズさえ使えればとよくぼやいた。
ユーニは魔力は関係なく純粋に強いので戦いを楽しんでさえいた。
魔王城を奪還した目的はただ一つ、魔王ジーナローズの復活である。
ギルヴァイスが覚醒の間について説明した後、ヴィディアが具体的な復活方法を説明してくれた。
しかしその時のヴィディアの表情にはどこか影があった。
「……つまり、俺がジーナローズを説得すればいいわけだな」
レイジが納得していると、ヴィディアがか細い声でさよならと呟き、どこかへ去って行った。
「……どうしたんだ、ヴィディアの奴?」
ギルヴァイスはやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。
「気になるなら追ってけばいいだろ。アイツはきっと、テラスだ」
「なんでそんな事が解る?」
「記憶を失う前のお前が俺らと別れた場所だからな。お前にはピンとこなくても俺らには特別なところなんだよ。特にアイツにはな」
ギルヴァイスの言う通り全くピンとこなかったが、一緒に人間軍から身を隠していたもの同士だ。
彼がそういうのならそうなのだと、レイジもテラスへと向かった。


魔界はたいてい曇天の空だが、この日はなおさらだった。
ただの曇りかと思って油断していたが、突然の雨に降られた。
「……あたしには雨がお似合い、か」
ヴィディアはそうひとりごちた。
記憶を失う前のレイジと別れたのもこの場所の雨の日だった。
幸い、今日は雷は鳴っていない。
「ヴィディア!」
幻聴かと思った。
レイジは今頃復活の儀式の真っ最中なのだから。
だがヴィディアの中にほんの少しだけ期待する気持ちがあった。
勇気を出して振り向くと、そこにはレイジがいた。
「……レイジ」
頭がいつもより重い。
「また雨に濡れてたのか。……風邪ひくぞ」
そう言いながら、レイジはヴィディアの長い髪に触れる。
「触らないで!」
ヴィディアは素早く身体を反転させた。
いきなりの激しい拒絶に、レイジは戸惑うしかない。
「……ジーナローズ様が復活したら、きっとレイジは昔に戻っちゃう!あたしの事なんて何とも思ってなかったっレイジに!」
ヴィディアは涙ながらに想いを打ち明ける。
「この髪だってただのジーナローズ様の真似。長い髪なら見てもらえると思ったけど、全然あたしを見てくれなかった!」
「……ヴィディア」
「そうよ!あたしはレイジが好き!大好き!愛してる!レイジを想う気持ちなら、ジーナローズ様にだって負けない!」
レイジにとっては青天の霹靂だった。
まさかこんなに傍に自分を想ってくれる者がいたなんて思いもしなかった。
レイジはそっとヴィディアを抱きしめた。
「ありがとう。君がそんなに俺の事を想っていたなんて……。俺もヴィディアが好きだ」
「嘘よ!」
ヴィディアは即反応した。
「あんなにジーナローズ様の事しか見てなかったレイジが、あたしの事そんな風に思うなんて……信じない!」
どうしたらいいのか解らないレイジは、ヴィディアの顎を持ち上げて軽く触れ合うだけのくちづけをした。
ヴィディアは驚きで目を見開いている。
「……これでも、信じられないか?」
くちづけた本人であるレイジも流石に恥ずかしい。
目の前のヴィディアも真っ赤だ。
「解ったわ、信じる。……ありがとう、あたしを選んでくれて。あたしを……好きになってくれて」
このまま抱擁を交わしていたいところだが、レイジにはジーナローズを復活させるという使命がある。
覚醒の間に戻り、ジーナローズの精神世界へと飛んだ。


結果的に、ジーナローズは復活しなかった。
俺たちを見捨てるのかという問いにも、ただ「疲れた」としか答えてはくれなかった。
自分が愛してやるとでも言えば少しは結果が変わったのだろうか。
でもレイジには既に愛する者がいる。
彼女を裏切ってまでジーナローズを復活させても、レイジの中にはモヤモヤが残る事だろう。
幸い、誰よりもジーナローズの復活を望んでいたパージュもスクィーズがなければ、思う存分アンジェラと触れ合えるとむしろ嬉しそうだった。
人間たちとの戦いは未だに不利な状況だが、愛する者を守りたいという気持ちが芽生えたレイジは魔力の供給なしでもちゃんとやっていけた。
それはヴィディアも同じで、ギルヴァイスとユーニにからかわれても、全く気にしなかった。
ヴィディアの長年の片思いはやっと報われたのだった。





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2014年 12月7日 莊野りず

2はレイジナばっかり書いてたので、ここらで別のカップリングでチャレンジ。
レイヴィはうちのサイトに片手で数えられるくらいしかないので、色んなパターンでこれからも書きたいと思ってます。
書いていて、「やっぱり幼馴染っていいねー」なんて思ってました。



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