「レイジ、この木の事覚えてない?昔あたしとギルも一緒に三人で登ったのよ」
ファレク湖での戦いの合間の休息。
ヴィディアはテントに籠りきりでこれからの事について話し合っているレイジを連れだした。
「……う〜ん。ごめん、全く記憶にない」」
レイジが困ったように謝ると、ヴィディアは慌てて手を振る。
「いいのよ。焦らず、ゆっくり思い出していけばいいわ」
彼女は昔と違う、豹変したとしか思えないレイジに最初は戸惑っていたが、レイジはレイジだと柔軟に割り切った。
こう言った予期しない事態に強いのは大抵女の方だ。
テントから二人の様子を眺めていたギルヴァイスはレイジを取られたという気持ちと、よくそれだけ根気よく付き合っていられるものだと感心する気持ちとが同居していた。


【周知の事実】


紆余曲折の末、とうとう魔王城を奪還した。
格下の人間相手に苦戦する我が身が憎らしくなったりもしたが、それもジーナローズさえ復活すればすべてが変わる。
仲間たちはそう信じて疑わなかった。
特に力を欲していたのはパージュだった。
彼女は魔法という強力な力を使えるが、メインの攻撃は専らスクィーズに頼りきりだった。
「ジェネラル、ジーナロー時様を頼んだよ」
ギルヴァイスから覚醒の間についての事は聞いた。
跡は具体的にどうするかだった。
この説明はヴィディアが丁寧に説明してくれた。
「ジーナローズ様の閉ざされた心の中、精神世界に行って、説得するだけでいいの」
そうシンプルに説明されたが、更に具体的にはどうすればいいのかまでは流石のヴィディアも知らなかった。
彼女は辛そうにこう漏らした。
「……あたしは今のレイジの方が好き。けど、ジーナローズ様が復活してしまったら、昔に戻っちゃう。昔の……一目もあたしを見ないあのレイジに戻っちゃう」
それが怖いと不安そうな彼女は思わず抱きしめてあげたくなった。
昔の自分ではこうは思わなかったんだろうと断片的に蘇った記憶から想像する。
――俺は一体どんな悪魔だったんだろう?
ジーナローズと再会することが出来れば、この記憶のもやも晴れるのだろうか?
そんな事を考えていると、復活の儀式の説明を終えたヴィディアはその場から消えていた。
「あれ、ギル、ヴィディアは?」
「ああ、アイツならどっか行ったぞ。追いかけるんなら多分アイツはテラスだろう」
ヴィディアの居場所がわかって、どこかホッとした。
「いや、待て待て!俺はジーナローズを復活させるためにここまで来たのに……」
「……」
ギルヴァイスはあえて何も言わなかった。
その代わりにユーニが余計な事を言った。
「あのバサバサの翼の彼女でしょ?レイジが今好きなのは。ボクはトモダチのレイジには辛い思いとかして欲しくないなぁ」
ユーニが人の事を気遣いできるなんて成長したものだ。
「行きなよ、レイジ。あんな羽根バサバサが好みでもボクはレイジの味方だよ」
邪魔する者は許さないとでも言いたげに、ユーニは短刀を構えた。
アンジェラをランガーに預けたパージュはそんなユーニを睨み据えた。
「……このせいでジーナローズが様が復活しなかったっらどうする気だい?」
「その時はその時だよ。みんなはレイジを信じてるんでしょ?なら大丈夫だよ」
何を根拠に大丈夫等と言うのか。
しかしこの少年の勘は意外と当たる。


ヴィディアを追ってテラスまでやって来たレイジは、ヴィディアの頬に残る涙の後を優しくなぞる。
その指先が想像以上に固くて、温かかった。
「どうしたんだよ、突然。心配するだろ?」
ヴィディアは目元を擦ると、気まずそうにレイジを見た。
「……レイジは知らないのよ。ジーナローズ様を前にしたら、きっとあなたは新しい記憶なんてどうでもよくなるに決まってる……」
「そんなこと……」
「そんな事は十分あるのよ!大体、ここ最近でレイジが思い出したのはジーナローズ様との思い出だけ。あたし達の入る隙なんてどこにもないの」
ヴィディアの一方的な思い込みを聞かされるなどこれで十分だった。
「今の俺はジーナローズよりもお前との思い出の方が多いな。お前が一生懸命に俺の記憶を取り戻そうとしてくれたから」
そう言った後、照れるレイジ。
こんなレイジなど見たことがなかった。
「……レイジ、大切な話があるんだけど、今いい?」
ヴィディアは心臓の音が早まるのを感じた。
これは決して勘違いなどではない。
「あたしね……ずっと、ずっと昔からレイジのことが大好きだったの。でもあなたはジーナローズ様しか見ていないから、何度も諦めようと思ってた」
「ヴィディア……」
先ほどの涙の理由はそういう事だったのか。
レイジは一人納得すると、ヴィディアをぎこちない動きで抱きしめた。
「れっ、レイジ?」
「先に俺の事を好きだと言ったのはお前の方だぞ?」
これは不器用なレイジなりの不器用すぎる告白。
それでもヴィディアは十分幸せだった。
昔から一途に思っていた相手と通じ合えたのだから。
十数分ほど、二人は抱き合ったままだった。
ここで愛の言葉の一つや二つ言えるようならレイジも周りから、鈍い等とは言われることはないだろう。
「そろそろジーナローズ様の復活の義を始めなきゃ。カルテットの方々を始め、みんなが待ってるわ」
そんなヴィディアの言葉にレイジは我に返り、ヴィディアの腰に当てていた手を慌てて引き寄せる。
「……ジーナローズが復活して、魔界が平和になったら、一緒に暮らそう」
「!?」
これは事実上のプロポーズ。
ヴィディアは満ち足りた気持ちで復活の儀式へと向かうレイジを見送った。


ジーナローズの精神世界は不毛の地だった。
植物は枯れ果て、水は枯渇し、空も灰色のどす黒い雲で覆われている。
「……誰?」
そこに気配があったので、レイジは慌てて振り返る。
そこにいたのはしばしば記憶に登場するジーナローズだった。
「レイジ……、何の用があってここまで来たの?」
「姉さんに復活して欲しいんだ。魔界のみんなが困ってる」
この直前にヴィディアと付き合うことが決まっているレイジが幸せそうにジーナローズには思えた。
「悪いけれど、貴方たちに私はもう必要ない。だから復活などしないわ」
「どうしてだ?仲間を、悪魔を、俺たちを見捨てるのか?」
ジーナローズの姿が薄くなっていく。
「貴方は幸せよ。十分に」
それだけ言って彼女は消えた。


ジーナローズの復活に失敗して、一番落ち込んだのはパージュだった。
しかし切り替えの早い彼女はアンジェラをずっと抱きしめていられるとポジティブな方に考えた。
「レイジ、大丈夫?凄い汗よ」
そう言って付きっ切りでレイジの世話をするヴィディアに、ギルヴァイスは事実のほぼ九割を察した。
――良かったな、ヴィディア。
煮え切れない態度にはイライラしたものだが、今となっては微笑ましい。
「おーおー若奥さんも気が利くねぇ」
ヴィディアの想いを知っていたからこそギルヴァイスの軽口は彼女の胸に沁みる。
「バッ、バカ!これじゃあレイジとあたしが夫婦みたいじゃない!」
ムキになるヴィディアに対し、ギルヴァイスはこう言った。
「お前がレイジの事を好きなのは周知の事実だから、今更恥ずかしがるなよ」
カルテットの面々もしきりに頷いている
見る見るうちに頬が熱くなる。
「う……嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ヴィディアの叫びは魔王城全体に広がった。





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2014年 12月19日 莊野りず

記憶喪失時レイジ×ヴィディアはブラマト2では三番目くらいに好きです(微妙)。
元々幼馴染萌えが暴走した結果です。
でもヴィディアルートに入っちゃうと、ジーナローズ様の出番が少なくなるのが困りものです。
もっと姉さん出したい!



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