マロは猫である。


【するり】


「マローご飯だよー」
そう明るい声でマロを呼ぶのは我が主人、フィリス嬢。
魔界の中心にして魔王ジーナローズの城に住み、彼女の弟であるジェネラルの部下の部下である。
どうやらこのご主人、その上司にお熱のようである。
「美味しい?マロ」
正直言って猫缶は勘弁してもらいたい。
この時期ならばマグロが一番だ。
しかし受けた恩は返すのがマロの流儀。
今日こそ上司とやらの弱みを握ってやろうぞ。


『ギルヴァイス』……ふむ、ここで間違いない。
マロは無理やり首を上に向けてそのルームプレートを確認する。
小型の猫ならばともかく、マロくらい立派な体格ならばこのくらいは容易い。
さて、誰かが来るのを待つ……たりはしない。
マロくらいの猫になると扉くらい簡単に開けられる。
どれ、中はどうなっている?
部屋の主はいるようだが、マロは猫だ。
猫がその辺を闊歩していて何が悪い。
「お、この猫は確かフィリスが飼ってたっけ」
マロに気づくとはこの男、なかなかやるな。
「にぼし食うか?」
マロは美食家だからそんなものは食わん!
マグロを用意しろ!マグロを!
ムカムカしたから書類をゴチャゴチャにしてやった。
「何てことすんだよ、このクソ猫!」
マロの後ろで奴は大慌て。
ふふん、マロを猫だと侮るからだ。
「コイツ!捕まえてやる!」
ムキになって捕まえに来るこの男の腕をするりと抜けて、マロは華麗に空中一回転。
更に書類が舞っているがいいのか?
「ああっ!今日までの書類がぁっ!」
大慌ての男を見るのは楽しいものだ。
さて、次はどこへ行こう。


「あ、猫だ!可愛い〜」
なぜか女という生き物は猫に弱いらしい。
マロの目の前にいるこの女も例に漏れないようだ。
「食べかけだけど、フランクフルト食べる?」
おお、肉など数年も口にしていない!
マロは満足して、彼女の持つ肉に一心不乱でかぶりつく。
「あはは……そんなに急いで食べなくても逃げないよ」
この女はご主人の上司仲間だった。
ここで媚を売っておいてご主人に不利はないだろう。
「にゃあん」
マロは余所行きの声を出して彼女の部屋に連れて行ってもらう事にした。
案の定、猫だと思ってガードの緩い彼女はマロを自室へと連れて行った。
「にゃ、にゃん?」
「どう、素敵でしょ?この光沢とか、重量感がたまらないでしょ?」
彼女の腕に抱かれたまま、マロは彼女の剣のコレクションを無理やり鑑賞させられることになった。
マロは刃物は苦手だと訴えても、全く聞き入れる様子はなし。
部屋を圧迫する剣の山から逃げたくなって、マロはするりと彼女の腕から逃げ出した。
その勢いで剣が次々と崩れていく。
「ああっ!ちょっと待って!」
彼女の叫びを尻目に、マロは早々と部屋から逃げ出した。


急いで彷徨っているうちに、だだっ広い部屋に出た。
ここは確か、謁見の間と言ったっけ。
ご主人がよく口にしていたからよく解る。
「あら、可愛い猫ね」
先ほどの女とは違う、色気のある女の声が聞こえた。
そこにいたのは魔王ジーナローズ。
彼女からはい匂いがする。
彼女は片割れの男――ジェネラルにマロを抱いて見せた。
言っておくがこのマロ、容易く抱かれるような猫ではないぞ。
しかしジーナローズからはマタタビに似た匂いがして、抵抗できない。
「一体誰の猫だ?こんな大事な場所に猫なんて……」
ジェネラルは面白くなさそうにマロを見た。
マロだってお前みたいな男には抱かれてやるものか!
「ここには食べ物もないし、私の部屋で保護しましょう」
ジーナローズはジェネラルとは大違いだ。
マロを優しく抱きしめて、部屋へと連れて行ってくれた。
ジーナローズに部屋は綺麗に整頓されていて、逆に散らかしたくてたまらない。
本能には逆らえず、その辺の雑貨を我を忘れて弄りまくる。
ああ、本能に忠実に生きるのはこれほど楽しいものだったのか。
そう思っていたマロだが、急にきつく抱きしめられる。
「おい、姉上の部屋を荒らすとは猫でも許さんぞ」
ジェネラルがマロをきつく抱いていた。
このままでは先の二人のようにするりと抜けることはできないではないか。
しかもあのマタタビの匂いで身体が言うことを利かない。
――フィリス嬢!


「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした!」
フィリス嬢が頭をペコペコ下げている。
――これはもしやマロのせい?
「まぁ猫の仕業ならしょうがないな。今度からは気をつけろよ」
ギルヴァイスがフィリス嬢に軽く注意をしたその瞬間、彼女は嬉しそうに笑っていた。
なんだ、マロは結局役に立っていたんじゃないか。
「にゃーん」
「あら、マロも謝ってるの?ごめんなさい、しようね」
フィリス嬢、そうじゃないんだ、マロはただ。
今日のお礼にマグロが食べたいだけなんだ!








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2014年 12月21日 莊野りず

フィリス→ギルヴァイスを彼女の飼い猫視点でお送りしました。
思ったより書きづらかったけど、いい練習になりました。
もちろん原作のフィリスが猫を飼っているという設定はありません。



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