わたしが初めて戦いに参加したのはカルヒン族の集落での事でした。
最初は少しでもアベル様のお役に立ちたい一心でした。
でもわたしは足手まといでしかありませんでした。
それに……わたしは怯えてしまったのです。
戦闘という行為に、いえ、人を傷つけること、それ自体に。


【染まれ】


アベル様が迎えに来てくださった、そこの事はわたしを酷く喜ばせました。
彼の力強い翼はどこまでも飛んでいけそうな、そんな気にさせられるのです。
わたしはやっと一安心。
彼の傍でならわたしは心穏やかでいられる――そう実感しました。
それでもまだ手の震えは止まりません。
人を傷つけたことはわたしの負い目となり、なかなか頭を離れてはくれません。
それに気づいたらしいアベル様はわたしの手を強く握って言いました。
「オレたちの仲間になるという事はこういう事だ」
突き放すような冷たい言い方でしたが、私を気遣っての事だとすぐに解ります。
だってわたしはインセストなのだから。
アベル様のさりげない気づかいは、ストレートなそれよりもずっとわたしの心を温めてくれるのでした。


手の震えは一週間ほど止まりませんでした。
料理の際、何本かの指に切り傷を負ってしまいました。
アラギ様はそれをおかしそうに見ていましたが、彼は何もしません。
インセストである前にヒトであるわたしが仲間に加わっているのが不思議でならないようなのです。
「……嬢ちゃん、ひょとしてM?」
今日の夕食はポトフにしようと、じゃがいもの皮を剥いている時に、そんなことを訊いてくるものだから、わたしは思わず手が滑りました。
おかげで右の人差し指からドクドクと脈を打つように血が溢れてきます。
「……違います」
わたしは内心で毒づきながらそう返事をします。
末端神経の通る場所だからか、痛みは他の場所より鋭い。
「手当てしてやろうか?そんなに手が震えてちゃ自分じゃ無理だろ?」
「結構です」
そんなにムキになる事ねぇじゃん、とアラギ様は邪魔だけして台所を去りました。
台所と言ってもレンガを適当に組み上げて、火が起こせるようにしただけ。
それと悪魔であるお二人とは違ってインセストは特殊能力があるとはいえヒトなので、別の場所にストーブ代わりのかまどはあります。
わたしは自分で軽く止血して、消毒してから左手でどうにか包帯を巻きました。
こんな怪我など戦いのときに負うものに比べたらどうってことはないのです。
それでも痛いものは痛いし、手の震えが止まらない今のままでは、わたしが戦いに参加したところで足手まといでしかありません。
切ってしまった人差し指を眺めたまま、わたしはもう二度と戦闘には参加しない事に決めました。
……もちろんアベル様の命令であれば従うつもりですが。

,br> ホワイトフェイスを刺した時は不思議な高揚がありました。
教団へに憎しみや恨み、利用されたインセストの仇。
それらの感情がどっと溢れてきたのです。
「きっ……貴様は……」
一介のインセストであるわたしの事を覚えていたとは意外でした。
刃物で直接誰かを刺したのも初めての事でしたが、わたしは刺す前の憎悪が消えて、不思議と落ち着いた気持ちになっていました。
刺してしまったものは仕方がない、とまで客観的に自分の事を考えられる自分に少し戸惑いつつも、わたしはそこから素早く去ります。
後を追おうとするカインたちを引き留めたのはニコでした。
「お姉ちゃんは優しかったんだ!」
きっとニコは泣いているのだろうと、わたしは彼を振り返りもせずそう思いました。
純粋なままのニコ。
貴方はずっとそのままでいてくださいね。
そんな事を考えながら、わたしはアベル様の元へ急ぎました。


彼にペインリングを渡すと、狂喜しました。
どこかよくない予感はしました。
それでもアベル様のお役に立てたことは嬉しい事で、何も言えません。
わたしは自分の感情の変化を彼に伝えました。
「……自分はおかしくなったとでも言いたいんだろう?」
アベル様はわたしの心象などお見通しでした。
「それでいい。倫理観など捨ててしまえばいい。そんなものがあるからお前は苦しむんだ」
中途半端に残った、わたしの倫理観。
確かにそれさえ失くしてしまえば、きっとわたしは楽になれる。
「……お前はもう十分オレに染まっている。もっと染まれよ」
その言葉はわたしにとって神の宣託。
わたしは最後まで彼の傍に使えていたい、そう強く思うのでした。








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2014年 12月24日 莊野りず

カルヒン族の集落(村?)でいきなりレアが参戦して当時は驚いたものです。
そんなわけで当時のレアの心情を妄想補完。ホント妄想補完多いなー(笑)。
アベルはなんだかんだ言ってもインセストたちには優しいですよね。不器用だけど。



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