「……貴様は仕事もせずにそんなお遊びばかりか。いいご身分だな」
ルビエルがストレートに嫌味をぶつけても、目の前の少年には痛くもかゆくもないらしい。
「人気の店の優待券をいただいたんですよ。せっかくですし好みの美しい女性と共に生きたいと思うのは当然でしょう?」
テリオスはいかにも腹黒な本性を隠さずにしつこく誘う。
何か裏があるとしか思えないが、今は仕事中だ。
集中してテリオスの声など無視するに限る。
そう思って羽ペンを片手に書類に目を通し、サインを入れていく。
「……実はホワイトフェイスに背信の疑惑があるんですよ」
耳元で囁かれ、思わず羽ペンから手を放してしまう。
羽ペンに着いたインクが紙に染みこんでいく。
「情報源は?」
「僕の部下の部下です。ね、行く気になったでしょう?」


【太陽が沈むまで】


翌日は休みを取った。
もちろんテリオスからホワイトフェイスの背信について詳しく聴くためである。
休みだからと言ってドレスなど着る気もないルビエルはいつもの服装のままで、ヴェローナの街の教会で待っていた。
天気は快晴で、太陽の光が少々眩しすぎる。
冬ながらもその太陽の温かさがちょうどいい。
約束の時間を十分ほど遅れて、真紅の薔薇の花束を手にしたいつもの格好のテリオスがやって来た。
「……おい、何だそれは?」
ルビエルはテリオスが抱える薔薇の花束を指差した。
「もちろん貴女への贈りものですよ。さ、受け取ってください」
いつも通りのマイペースさに呆れながら、小柄なテリオスがこんな大きな花束を持っているのも少し可哀想な気がして、思わず受け取った。
「さて、では行きますか。クレイスが仕事中に見つけた、小さいながらも名店なんです」
そう言ってテリオスはルビエルを連れて街を歩いた。
街の人々は天使だからと祈るものも多かったが、小柄な少年と高身長の美女という組み合わせに戸惑っていた。


到着したのはルビエル的には『悪くはない』レストランだった。
特に魚料理が充実しているには密かに喜んだ。
窓はステンドグラスになっており、日の光が差し込む内装は好みだ。
「なかなかいいところでしょう?」
周りを見渡していたルビエルに、嬉しそうなテリオスの声。
「……思っていたよりは、な」
その返事に満足したのか、テリオスはボーイを呼んだ。
一通り注文を終えるとルビエルは声を落とした。
「それで、奴の背信行為とは?」
「まあまあ、そんな重い話はなしにしましょうよ。せっかくの食事が不味くなるでしょう?」
「ふざけるな。私は貴様の事を信用して……」
そこへボーイが割り込む。
「前菜の方、お持ちいたしました」
彼は器用に両手に皿を乗せた盆を持っていた。
目を輝かせるテリオス。
「いや〜楽しみにしていたんですよ。ここの料理は絶品だと聞いていたのbr>で」
その応えに満足したのか、ボーイはにっこり笑った。
「ワインなどいかがです?サービスしますよ」
「じゃあ赤をもらおうかな」
「かしこまりました」
ボーイとのやり取りは見た目通りのもので、周囲にはさぞ微笑ましく映った事だろう。
しかし会話を中断されたルビエルには面白くない。
やっとボーイが下がると、ルビエルは再び詰め寄る。
「それで、奴の……」
「実は僕、昇進が決まったんです」< ルビエルの言葉を遮って、テリオスははっきりした声で言った。
これにはルビエルも驚きを隠せない。
「昇進……だと?」
「ええ、もうずいぶん前から打診が来ていたんですが……貴方と離れると思うと辛くて。でもいいかげんに臥天使の席を空けろとせっつかれまして」
確かにテリオスは十神将の中でも指折りの実力者で、頭もいい。
とっさの対応も彼が一番長けている。
ルビエルでさえ彼の実力は評価せざるを得ない。
「……そうか」
一人で納得して、胸に穴が空きそうな気がした。
十神将の中で信用できる者は、このテリオスとベイルくらいのものだ。
「寂しくなるが……仕方がないな」
この時からホワイトフェイス関連の事は彼女の中から抜け落ちた。
「最後の思い出にデートして欲しかったんです。あの太陽が沈むまでで構いません。明日から僕は執務室にはいない事ですし、あまりジメジメした別れも苦手ですし」
いつの間にか食べ終えた前菜の皿が下ろされ、サラダとメインが運ばれていた。
「……食べましょうか。せっかくの料理が冷めてしまいます」
「……そうだな」
二人は他愛もない会話を楽しみながら食事をして、最後にワインを開けた。
「ありきたりな言葉ですが、貴方のその瞳に乾杯」
チン、とワイングラスが音を立てる。
もうそろそろ帰る時間だが、最後とあってはゆっくりしていたい。
「……テリオス、私は貴様が、嫌いではなかったよ」
「てっきり嫌われていると思っていましたよ。本心が聴けて満足だ。このワイン、美味しいですね」
「ああ」
結局太陽が地平線の下まで沈んだので、約束通りに二人は別れた。


その翌日、教団内を破壊しかねない勢いで槍を振り回すルビエルと、それを必死で止めようとするリプサリスの姿があった。
たまたま居合わせたベイルが止めにかかって、やっと彼女の暴走は収まった。
「何が最後だ!あの大嘘腹黒が!」
鬼気迫るその勢いに、さしものベイルも混乱しきり。
「何があったのだ?」
「それが何にも話してくださらないんです」
理由が解らず困惑する二人の元に、クレイスを連れたテリオスが上機嫌でやって来た。
「知りたいんなら教えてあげようか?」
それに気づいたルビエルはテリオスに襲い掛かろうとするが、クレイスに邪魔される。
「どけクレイス!コイツは、コイツだけは許せん!」
「大変申し訳ございませんが、俺はテリオス様の部下でして……」
テリオスから事情を聴いたベイルとリプサリスは、厄介な主人を持ってしまったクレイスに心底同情するのだった。





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2014年 12月25日 莊野りず

テリルビです、ハイ。一応年齢的にはテリオスの方が上だと思うので彼がルビエル様をからかう話が書きたくて書いた話です。
臥天使ともあろう者が大嘘をついていいものか、法天使ともあろう者が簡単に引っかかるのもどうしたものか、その点はスルーでお願いします。
この話の一番の被害者はいらん因縁つけられるクレイスで間違いありません(笑)。



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