――あの悪魔は人間を助けた。
リィディエールは自分専用のテントの中で葛藤していた。
あくまでも悪魔は神の敵で、天使様の敵、滅ぼすべき忌むべき存在。
自分たち人間はずっとそう信じて来た。
それでもレイジは今まで出会ったどの悪魔とも違った。
フェザサイドに襲われた時も、別の悪魔に襲われた時も、彼は人間を庇って、助けてくれた。
――本当に悪魔は悪なのか。


【手を、伸ばして】


悪魔たちは少数精鋭で魔界各地で反乱を起こしている。
リィディエールはどこかで暴動が起こるたびに兵を動かした。
その結果、魔王城にまで攻められることとなった。
「リィディエール様、いかがいたしますか?」
「守りを固めるんだ!人海戦術ならばこちらが上だ!」
「はっ!」
どうやら悪魔の中には頭の切れる参謀がいるらしい。
リィディエールの作戦は後手に回ってばかりのものだ。
きっと正門を突破されるのも時間の問題なのだろう。
――イザとなったら私がこの手で討たなければ。
彼女はそう決意し、槍を握りしめるが、手に汗をかいている。
「緊張している?私が?」
そう呟いてみたが、実はレイジに再び会えるかもしれないという期待はどうしても頭から離れない。
「リィディエール様、正門突破されました!もうすぐジェネラルたちがここにやってきます!」
やはり駄目だったか。
彼女は一人腹をくくる。
「総員、この場で戦闘待機!」
そう命令を出した。
数十分後にリィディエールはレイジと対峙していた。
「頼む、引いてくれ。お前とは……戦いたくない」
レイジの目は誠実そのものだった。
本音を言えばレイジの言う通りに引いてしまいたい。
しかし『神の御子』であるリィディエールは何が何でも引くわけにはいかない。
人間の多くが彼女を拠り所にして戦っているのだから。
「……どうしても、戦うというのか?」
「貴様らが引かないのならな」
レイジ以外は戦う気満々だった。
すぐに飛びかかっていかないのはレイジが止めているからだ。
「……仕方がない。ジーナローズ復活は悪魔全体の願いなんだ」
そう言ってレイジは剣を構えた。


魔王城は無事奪還した。
ただ不思議な事に、戦いに敗れた人間たちが一人残らず魔王城から消えてしまったのだ。
これには一同不審に思ったが、人間の一部にこういった術の使い手がいるのだろうという結論に達した。
レイジは彼らと共に消えたリィディエールの事が気がかりだった。
「よーし、ジーナローズ様に復活していただこう!」
ギルヴァイスはやけにテンションが高かった。
「レイジ、早く早く!」
ヴィディアも同じく、最近見たことのない笑顔を見せている。
「ああ、今行く」
リィディエールの事は気になるが、今はジーナローズの復活が優先だ。
ヴィディアから復活の方法を聞き、さっそく儀式に取り掛かる。
「俺の声に応えてくれ!ジーナローズ!」
覚醒の間のジーナローズへの干渉力によって、レイジは彼女の精神世界へと飛ばされた。
目を開くと、そこは不毛の地が広がっていた。
空はどんよりと曇り、今にも雨が降りそう。
空気も冷たく、厚着のレイジでさえ寒気を感じる。
「ここが……ジーナローズの精神世界?なんて寂しいところなんだ」
「誰?誰かいるの?」
聞き覚えのある、懐かしい声。
生身でジーナローズに会ったのは記憶を失って以来、初めてだった。
「姉さん……」
ジーナローズは夢の中での彼女とは違って少し嬉しそうだった。
「レイジ、ここに来たという事は私を迎えにきたの?」
残念そうにジーナローズは質問してきた。
レイジは頷く。
「姉さんがいないと人間や天使たちに魔界を滅茶苦茶にされてしまう。だから、戻ろう?」
「嫌よ!」
手を伸ばすレイジを彼女は拒否した。
「なぜあんな世界に戻らなければいけないの?愛する人間たちから憎まれ、拒絶される、あんな世界に!?」
ジーナローズの人間への愛は、ヴィディアやギルヴァイスから予め聞かされていたが、ここまでとは思わなかった。
ふとリィディエールの事が頭に浮かんだ。
彼女のことを話せば、少しは機嫌が直るかもしれない。
「姉さん、聞いてくれ。俺はある人間と出会ったんだ。最初は俺の事を殺そうとしたけど、今は割と親しくなれたって思ってる。……人間たちにも色々と事情があるんだって解ったんだ」
その言葉にジーナローズは衝撃を受けた。
まさかあんなに人間を嫌っていたレイジがそんな事を言うなんて。
「……その事を詳しく聞かせて」
「それほど詳しくはないけど……」
レイジはディフィルニア平原での撤退戦やドレスト山地での会話の内容を出来るだけ詳しく話した。
「……それとそいつは『神の御子』って呼ばれてた。でも魔王城を俺たちに渡すまいと必死だったよ」
ジーナローズはしばらくその美しい柳眉を寄せていたが、決心したらしい。
「レイジがそういう方針なら、復活するわ。それに……信じてはもらえないだろうけど話さなければいけないこともあるし」
行きましょう、と今度はジーナローズがレイジに手を伸ばした。


レイジが目覚めた時には、すでにジーナローズの復活記念パーティは始まっていた。
「お寝坊さんね、レイジ」
ヴィディアはそう言ってからかったが、ジーナローズの姿があって安心した。
「……俺が起きるまで待っててくれてもよかったんじゃないか?」
「ギルが『ネボスケはほっとけ』って。でもよかったわ。ジーナローズ様さええ復活すれば人間も天使も怖くないわ!」
「それは……」
レイジが一言、言おうとした時だった。
「俺の部下からの報告だ。あの女指揮官が処刑される事になった」
ギルヴァイスは真顔だった。
「女指揮官って……リィディエールの事か?何でまた……」
「なんでも神の御子を生贄にして悪魔との戦いの勝利を祈願するんだと。全く人間ってのは理解に苦しむな」
「どうでもいいわよ。あの女は気に入らないの!」
ヴィディアはレイジのためにオードブルを取り分けている。
「……なんてことを」
ジーナローズがいつの間にかそばにいた。
悲痛な顔でレイジを見上げる。
「その人間はレイジが話した女の子でしょう?助けに行きましょう。ねぇ、レイジ」
彼女にしては珍しく、やけに感情的だ。
レイジも同感だ。
「いや、あくまで情報ですよ?罠かもしれませんし……」
ギルヴァイスは慌ててそう言った。
ヴィディアも頷く。
「罠ですって。それにたかが人間の一人や二人死のうがあたし達には関係ないですし」
「いや、少しでも彼女が危険な目に遭うかもしれないんなら、助けたい。それに魔王の希望だぞ?」
この一言でヴィディアもギルヴァイスも渋々ながら納得した。


人間軍駐屯地には人間の他に天使もいた。
「天使に利用されているんだわ。なんて酷い事を……」
ジーナローズは十字架に縛られているリィディエールを見つけると悲しみにくれた。
「人間同士が殺し合うなんて。それも私たちを滅ぼすためだなんて……」
レイジにはなぜジーナロ―ズがここまで悲しむのか解らない。
いくらなんでも贔屓が過ぎる。
「早くやっちゃおうよ!」
ユーニが切り込み隊長となって、他の面々がそれに続いた。
ジーナローズが復活した今、人間たちの相手など赤子の手を捻るようなものだった。
リィディエールは多少の怪我はしていたものの、無事だった。
一応念のためにとジーナローズが回復の魔法を唱えた。
「……なぜ、私を助けた?」
リィディエールからの憎悪はもう感じなかった。
ただ純粋な疑問なのだろう。
「それは……」
レイジは返答に困った。
本当にただあの時は助けなければならないという謎の使命感で助けたのだ。
「それはね、貴方たち人間は私とメルディエズの子供だからよ」
ジーナローズが横やりを入れた。
最初は誰だか解らなかったようだが、次第に敵の大将である魔王ジーナローズだと気づいたようだった。
「……私たちが、貴女の子供?」
「ええ。大昔、私とメルディエズは神を作ろうとした。だけど失敗した。その時生まれたのが貴方たち人間なのよ。……信じろという方が無理でしょうが……」
自嘲するジーナローズだが、リィディエールはそれを信じたようだ。
「貴女は私を助けてくれた。それにジェネラルは私と仲間を助けてくれた。……恩人の言葉ならば信じます」
リィディエールはジーナローズに手を伸ばした。
「……愚かな子供を、許してくださいますか?」
「生んだ者が許さなくて誰が許すというの?」
レイジも半信半疑な事を信じたリィディエールは、すっかりジーナローズに傾倒し、悪魔の仲間となった。
ジーナローズも愛する人間に受け入れられて、とても満足。
あとはメルディエズを倒すだけ。
平和な未来はすでにすぐ傍だ。








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2015年 1月6日 莊野りず

リィルートでした。レイリィになっているかかなり不安なシロモノですが、ラストのあたりは私的に微妙に百合にしたつもり。
みんなが幸せになれるルートがないか考えてたらこんな話になりました。
姉さんが報われるのって彼女のルート(これも微妙だけど)とリィルートしかないんですよね。



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