「どうか、安らかに」
たった今息を引き取ったインセストの手を握りしめたまま、レアは祈りをささげる。
数少ない同胞であるインセストであろうと、ただのヒトであろうと、命が失われるのは悲しい事だ。
だからレアは保護されたインセストが死ぬ度に手を握りしめて祈る。
アベルも口には出さないが悲しんでいる事は、彼を最も傍で見てきたレアだからこそ解る事だ。
彼が『悲しい』という感情をきちんと持ち合わせている、当たり前のことだがそれはレアにとって嬉しい事だ。


【祈り】


「アベル様、それは?」
ある日、アベルは返り血をたっぷり浴びて帰ってきた。
その手には見知らぬペインリングがはめられている。
しばらくレアが話しかけたことにも気づかない様子だったが、やっと気がついたようで、アベルは狂ったような笑いを浮かべた。
「……ああ、これか。これはアラギのやつが持っていたパスカのペインリング。不老不死の効果もある」
ククク……と笑うアベルは、レアが今まで見たことのない悪魔の少年としか映らなかった。
出会った当初はあんなに切ない表情ばかり浮かべて、何かを憂いているようだったのに。
レアはアラギを殺したという事実を何となく飲み込んで、よかったですねとだけ言った。
それからだ、アベルが変わっていったのは。


またインセストが死んだ。
今度の子はまだ十歳にもならない、本当に幼い子供だった。
レアが教団に売られた時の年頃の子で、思わずいつも以上に長く祈りをささげた。
「そんな事をしても無駄だ。所詮はそれだけの命だったって事だ」
アベルは冷たく言い捨てた。
レアは思わず背後の彼を振り向くが、そこにはかつての悲しみを浮かべるアベルはいなかった。
アラギと同じく、ただインセストを道具としか見ていない冷たい瞳。
どうしてしまったのか、なにがあったのか、訊きたいことは山ほどあったが、今の彼には訊く勇気がない。
アベルが人の心を失くしたらしいことは、それだけでレアを悲しい気分にさせた。


その後アベルはしょっちゅう出かけるようになった。
その彼の外出時、レアとは仲のいいインセストの少女が傍に寄ってきた。
「あら、ダメですよ。まだアベル様に力を与えたばかりなんですから」
レアがそう宥めるも、彼女は聞き入れずに台所代わりに使ったあるレンガのかまどの傍に腰を下ろした。
「お姉ちゃんたち、何かあったの?なんか二人とも前と違うよ?」
鋭いところを突かれた。
どう答えたらいいものかと考えたが、思考はまとまらない。
結局なんでもないの一言で片づけようとしたが、少女はしゅんとした。
「アベル様に何かあったのかなぁ……」
レアにもそれは解らない。
「あの方の事です、多分気まぐれですよ。それよりも一緒に祈りましょう」
少女はまだ納得が言っていない顔だが、あえて無視する。
「インセストが救われますように。戦いが早く終わりますように。そして、アベル様が幸福でありますように」
レアの祈りは果して天に届くのか。
それは天使にも悪魔にも解らない……。






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2014年 月日 莊野りず

アベレアというには微妙な話ですが、書いた身としてはレア→アベルのベクトルさえ伝わればそれでいいです。
確かアラギを殺した時にはレア不在でしたよね。いたらこの話が成り立たないよ(笑)。
恋愛のお題なのでアラギはあまり出番なさそうです。アラギ→ルカは書くかもしれませんが、その辺は気分次第です。



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