黒い翼を全開に広げ、ルカは大地を蹴る。
みるみる地上が遠くなり、目の前に広がるのは限りなく広い大空。
隣にいるザイオンをちらりと見やり帽子をかぶり直す。
追っている標的――アラギの事を出来る限り思い出さないように。


【盗まれたもの】


思えばアラギは昔から長老ウンダの管理するパスカのペインリングに魅入られていた気がする。
よくウンダに強請っては、その妖しい輝きをじっと見つめていた。
ソリュウも入れて四人で遊んでいる時でも彼の脳内からあのペインリングの事は消えなかったのだろう。
ただの一度も。
一緒に盗まないかと持ち掛けて来た事もあった。
――なぁルカ、一緒にあのペインリングを盗もうぜ。
あの時はただの冗談だと思っていた。
――アンタがもっと大人になったら、考えてあげないこともないわ。
確かそう返した。
あの時のアラギはただ単純にペインリングを共有する仲間が欲しかったのだろう。
――約束だぜ!
そう言って無邪気に笑っていた。
なぜあの時、彼の危険信号に気づかなかったのだろう。
なぜ放っておいたのだろう。
結果、アラギはパスカのペインリングを盗んで村を去った。
「ルカ?考え事か?」
隣を飛ぶザイオンが心配そうな顔でルカを見る。
「……何でもないわよ!」
もうすぐでキボートスという辺境の島に着くところだ。
気を引き締めて、ルカは更にスピードを上げた。


大陸に渡ったルカとザイオンはキボートス島で出会ったカインという少年と再会した。
死にそうだったはずなのにぴんぴんしている彼を見て初めは驚いた。
更に驚いたのはそれだけではない。
悪魔として忌み嫌われているはずの自分たちに仲間が出来た。
ヒトも白羽根も関係なく。
最初は大いに戸惑ったが、慣れてみるとこれはこれでいいものだと思えるようになった。
しかし運命は残酷で、戦い続けたルカは渇きを発病してしまった。
必死に抵抗しようとするも、発作は容赦なくルカを蝕む。
ザイオンはどうにか彼女に適合する血と髄の持ち主を必死になって探した。
皮肉な事に、それはまだ幼い子供であるリリスだった。
それをルカに伝えようと意を決して彼女のいる部屋に入ってみるが、そこはもぬけの殻だった。


幽葬の地下通路にはルカ一人で向かった。
特にザイオンには言いたくなかった。
「一人で来るとは……相変わらず俺好みのイイ女だ。なぁルカ」
アラギはニヤニヤ笑っている。
「俺は昔から、ガキの頃からお前が好きだったんだぜ?知ってたか?」
「……半分くらいはそうだったのかもね」
ルカは動きの鈍った身体を叱咤して、鞭を構える。
アラギは相変わらず笑ったままだが、剣を引き抜いた。
――せめて、死ぬ前にコイツだけでも……!
そう思って鞭を振るってみる。
なめらかなその動きは幽葬の地下通路の足場を容易く砕く。
「あらら……何マジになってんの?俺は好きな女とは戦いたくないな」
こんなのはただの挑発と解っている。
それでも言わずにはいられなかった。
「……アタシだって、あのままでいられたら。あのまま、四人で笑っていられたら……アンタの事、好きでいられたかもしれないのに!」
アラギは珍しい事に本気で驚いている。
「へぇ。てっきりお前はザイオンとデキてると思ってたら……。嬉しいねぇ、本当に」
ルカは鞭を勢いよくアラギの頬に当てた。
彼の頬に切り傷が出来た。
「でも、それもここまで。パスカのペインリング、返してもらうよ!」


ルカの初恋の相手はザイオンではなかった。
優しすぎる彼よりも、少し刺激的なアラギとの方が気も合ったし、一緒にいて楽しかった。
今ではザイオンがパートナーとして一緒に行動しているが、アラギについて考えた時に頭をよぎるのはあの時の悪戯っぽい笑顔。
パスカのペインリングと共に幼いルカの恋心もアラギに盗まれていた。







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2015年 1月27日 莊野りず

またマイナーなものを書いてしまった……(五右衛門風に)。
『盗まれたもの』というお題を見て、真っ先に浮かんだのは「奴はとんでもないものを盗んでいきました。……貴方の心です」というとっつあんの台詞でした。
個人的にアラギの言う「俺好みのイイ女」は半分くらいは本気だと思うんですが、実際にはどうなんでしょうね。
最初は普通にザイルカ萌えだったんですが、なぜかアラルカに萌えるようになっていた自分に驚いてます(笑)。



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