ジーナローズは謁見の度に熱視線を感じていた。
「そう、私も嬉しいわ。良かった」
――お願いだからそんなに見つめないで。
群衆の輝く瞳に応えながら、ジーナローズはそんな事を思っていた。
もちろん王として一人一人の陳情は聴いている。
それにしても弟レイジの視線には耐えがたい。
何度も警護は要らないと言っても、彼は聞く耳を持たないのだ。
『そのお身体は姉上だけのものではないのです。もっと魔王としての自覚を持ってください』
思い切って強気で断った時もこんな事を言ってかわされた。
果していつになったら弟は自分から離れてくれるのだろうか。


【熱視線】


謁見が終わると、どっと疲れた。
群衆との触れ合いには全くストレスの類は感じないのに、レイジが傍で見ていると思うと、なぜかそれが酷く肩にのしかかる。
「お疲れでしょう。部屋まで送りますよ、姉上」
傍に控えていたレイジがジーナローズの手を取る。
「見た目ほど疲れているわけではないのよ?」
「いや、魔力を供給しているんだ。疲れないはずがないだろう?さあ」
そう言ってレイジは彼女の手をゆっくり引いて行く。
ヴィディアとギルヴァイスは謁見の間の片づけで残っている。
二人が並んで廊下を歩いていると、侍従たちがそろって首を垂れる。
ジーナローズはこの辺りで切り出すことにした。
「……ねぇレイジ、貴方にはヴィディアとギルヴァイスがいるでしょう?」
「……何が言いたい?」
レイジは少し歩くスピードを速めた。
「私だけじゃなくて、もっとみんなを見て欲しいの」
その言葉を聞いたレイジは突然立ち止まった。
そして振り返ってジーナローズの顔を見つめた。
不意に見せたその切なげな表情は突き放されることを恐れる子供のようだった。
「そんなに……俺が嫌いなのか?」
レイジの中には好きか嫌いかの二択しかなかった。
ジーナローズはその事を十分承知していた。
だからこう返すしかなかった。
「もちろん貴方の事は好きよ。たった一人の弟だもの」
「人間よりも好きか?」
この質問には沈黙する詩しかなかった。
「……やっぱり俺なんか嫌いなんだろう」
彼はジーナローズっを部屋に送り届けた後、どこかへと消えた。


レイジがテラスに行くと、先客がいた。
ヴィディアだ。
「……お前がここに来るなんて珍しいな。明日は雨か」
「茶化さないでよ」
ヴィディアの表情は真剣だった。
「どうしてジーナローズ様なの?あなたのお姉さんでしょ?どうして……あたしじゃダメなの?」
なんだそんな事かと、レイジは顔をそむけた。
「……お前は姉上じゃないからだ」
それだけ言って、他の者がいるテラスになど用はないとばかりにその場を去って行った。
取り残されたヴィディアはただ立ち尽くすしかなかった。


人間たちに殺されて夢気分のジーナローズの精神世界にレイジがやってきた。
どうしても復活して欲しいと彼は懇願するが、ジーナローズは愛する我が子に殺された痛みを忘れたくなかった。
それに、今のレイジからは昔のような熱視線を感じられなかった。
それが普通で、当時の彼女もやめて欲しかったことだが、いざとなるとこの状況が虚しく感じられた。
「……俺たちを、見捨てるのか?」
この表情はあの時のレイジのモノとは違って、みんなのためを思っての言葉だとすぐに解った。
なにもせっかく手に入った人間たちからの痛みを手放してまで愛情のない世界でなど生きていたくはない。
「さようなら、レイジ」
ジーナローズは復活を拒否した。
どうせなら魔界など人間たちに滅ぼされてしまえばいいのに。
そうすればきっと人間たちは愛してくれる。
そんな不毛な事を思わず思ってしまうジーナローズだった。






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2015年 1月27日 莊野りず

『レイジって記憶を失う前のシスコン具合のヤバさがどのくらいか』を軸に書いていたつもりが、いつしかこんな事に。
ジーナローズもレイジに好かれること自体は嫌ではないと思うんですよ。
ただ度が過ぎるから重く感じるだけであって。
愛する人間たちから受けた傷>>>レイジの同族を含めた姉への愛、だと思うんです。
姉さんが復活しないのもある意味当たり前ですね(笑)。



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