「さぁ、狩りの時間だ!」
グリシナはそう高笑いをする。
相手は手負いの悪魔が一匹とただのヒトの少年一匹。
これで負ける要素は――一切ない。
グリシナは鞭を振るい、少年を瀕死の重体へ、死の直前へと導いた。


【ノーカウント】


死んだはずのヒトの少年が自分たちと同じ白い翼を身に着けて、目の前で平然と立っている。
「バカな……お前は、死んだはず!?確かにこの手で葬ったはずだ!?」
少年は何も答えない。
「……ふふふ、無視ですか。それでは今度は異端者として裁いてあげましょうか!」
グリシナは鞭を振るうが、彼の持つ剣によって防がれる。
それどころか、戦況は既にグリシナが不利になっていた。
ここは引くべきだと本能が警告するが、力天使レッドムフロンの副官であるという誇りがそれを邪魔する。Mbr> 彼は、何かに憑りつかれたかのように無表情で剣を振るい、グリシナの顔に傷をつけた。


「……遅いですね、グリシナは」
リプサリスは人形に語り掛けるように言った。
「いつもの道草だろう。……アイツがいると和が乱れるのが問題だ」
ベイルはアラギ討伐を終えた今、早く教団に戻りたかった。
「あっ、グリシナです!」
盲目ゆえかリプサリスは気配を察する勘が抜群に優れている。
ルビエルが常々彼女の事を『傑作』と評するのも納得できる。
「……遅いぞ。お前をおいて先に帰ろうかと思っていたところだ」
ところが姿を現したグリシナは、顔から血を流していた。
それを見たベイルの顔に緊張が走る。
「……誰にやられた?アラギの仲間か?」
「白い翼の少年……。確かにただのヒトだったはずなのに、いつの間にか翼を手に入れていた……」
「なんだと?お前は無害なヒトまで襲ったのか」
ベイルは眉をひそめる。
グリシナの顔の傷には一言も触れずに。
「……ベイル様、とりあえず今は教団に戻り、今回の事を報告するのが最優先かと思われますが……?」
リプサリスの提言に、それもそうだとベイルは頷き、キボートスを後にした。


教団に戻ると、レッドムフロンは激怒した。
もちろんグリシナの顔の傷の事でである。
「ベイル、貴様がついていながらグリシナがあんな傷を負うなど……」
「自分の身も守れない貴様の部下が悪い」
ベイルはきっぱりと言った。
「私を責める前に、アイツに身の守り方くらいは教えておけ。それに、あの残虐な性格があの傷の原因だ。今回の事はノーカウントだ」
ベイルに正論を言われ、何も言えないレッドムフロン。
二人の言い争いを、グリシナは見ていた。
――ベイル様は私の事などどうでもいいのだろうか?
ベイルが去った後、グリシナの機嫌を取ろうとするレッドムフロンだが、かえって不機嫌にさせるだけだった。
「私の事は放っておいてください!」
イライラしながら、グリシナはそう言い放った。

,br> ――あの方に認められたい!
顔の傷をさすりながら、グリシナは考える。
頭の中に浮かぶアイディアは堂々巡りの平行線で、結局思いついたのは『悪魔を狩る』事だけだった。
それからのグリシナは、周りが引くほど容赦なく、大量の悪魔を狩った。
レッドムフロンは、リプサリスを自慢していたルビエルに、「グリシナは凄い!」と自慢し返していた。
その時の会話を立ち聞きしてしまったが、悪い気はしない。
ルビエルが鼻で笑ってこう言うまでは。
「量を狩るだけなら誰にでもできる。……質が重要だと思うがな?」
この言葉にグリシナは凍りついた。
確かに自分が狩った大量の悪魔は全てが雑魚だ。
名のある悪魔などそうはいない、量が全てではないかもしれないが、悪魔の討伐はバッチリこなしている。
グリシナはそう自分を納得させて、再び悪魔を狩った、狩りまくった。
それでグリシナが得たモノは『虚しさ』だけだった。


認められない承認欲求をレッドムフロンにぶつけ、イライラが止まらない毎日を過ごしていると、ベイルと楽しげに会話しているカルディアが目に入った。
――あんなパッとしないヒトの女なんかに……。
そこでグリシナは閃いた。
あの女を殺してしまえばいい。
そうすればベイルは、美しい自分を見るに違いない。
カルディアがベイルと別れたのを確認すると、鞭を持って彼女に近づいた。
「……こんにちは」
「こんにちは。レッドムフロン様は最近不機嫌だそうですが、何かあったのでしょうか?」
「さぁ?あの方の考える事になんて、興味はないので」
鞭を握る手に力が入る。
さあ、今だと心が訴える。
「……死ねぇっ!」
突然のグリシナの乱心に、カルディアはもう駄目かと思った。
「……人の副官に何をする!」
ベイルがグリシナの鞭を、素手で握りしめていた。
「ベッ、ベイル様!?」
カルディアはホッとしたが、グリシナの顔には狼狽の色がありありと浮かんでいる。 ベイルは怒りを露わにしている。
「なぜカルディアを襲った?返答によっては――」
「キボートスで!」
グリシナは勇気を振り絞った。
「キボートスで、私は貴方の足を引っ張った。だから罰してもらおうと……」
「……ノーカウントだと言ったはずだ。カルディアに謝れば今回の事は不問にする」
思いもよらない展開に驚いたが、素直にカルディアに謝ると、ベイルは優しげに笑った。
――ああ、こんな顔もできるんだ……。
その優しい微笑みにうっかり魅せられている。
「どうした?」
無自覚なベイルに、グリシナは照れ隠しに言ってしまう。
「……笑い方が気味が悪いと思っただけです」






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2015年 2月1日 莊野りず

グリシナ→ベイルでした。途中でちゃっかり法天使コンビのノロケが入っているのは私の趣味です(笑)。
カルディアは何気にいらん恨み買ってますが、原作でも大概不運の人なので危機一髪の目に遭っていただきました。
グリシナは女でもなく男でもないというところがまたいいんだと思います。



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