それは暖かい太陽の光が教団の施設内に降り注ぐ日の事だった。
ルビエルに頼まれた資料を運んでいる時の事だった。
リプサリスの人形はルビエルが片目の視力を彼女に分け与えるためのモノだ。
その大事な人形が突然、彼女の腕から落ちた。
「えっ?」
突然彼女の視界が真っ暗になり、混乱する。
――探さなきゃ、でもルビエル様の資料を届けないと……。
辺りを手探りで探してみたが、それらしき手ごたえがない。
普段は主人と同じく余裕綽々だが、それはあの人形があってこそ。
リプサリスは本気で慌てた。


【震えた声】


どうしよう、全然見えない。
あれ程強かった日の光でさえ、リプサリスの視界には入ってこない。
今の彼女はルビエルに拾われる前の幼い子供同然だった。
「……どうしよう……あれがないと、わたしは……」
震える声で辺りを探すが、やはり見つからない。
確かにこの辺りで落としたはずなのに。
すっかり弱気になってしまい、人形を与えてくれたルビエルに申し訳なくて仕方がない。
彼女に見えているのはただの漆黒の闇。
光は一筋も差さない。
「……どうした?そんなところでしゃがんで」
聞き覚えのある声に、リプサリスは救われた想いだった。
「……クレイス、ですよね?」
疑問形に不思議そうな顔をするクレイスだが、当然リプサリスにはその顔は見えない。
「ああそうだが……どうした!?お前がそんな顔をするなんて!」
「え?」
目元に涙が溜まっていることにその時やっと気づいた。
不安で不安でどうにかなりそうだったのだ。


「……本当に見えないんだな」
「……ええ、全く」
あの後、クレイスが辺り一面を探してくれたが、人形は見つからなかった。
書類はきちんと持っていたため、今はルビエルの執務室まで案内してくれるという申し出をありがたく受けた。
久しぶりの一面の闇に思わず書類を持つ手が震える。
「寒いのか?」
リプサリスの不安など無骨なこの男には理解できないのだろう。
思わず笑った。
「……いいえ」
リプサリスが壁にぶつかりそうになるので、クレイスはその度に彼女の歩みを止めさせた。
「これじゃキリがないな。どれ」
クレイスはリプサリスの小さな手を強く握った。
「え?」
「これならぶつからないだろう?」
手からダイレクトに伝わってくるクレイスの手の感触はゴツゴツしていた。
どれだけ剣術の修業をしたらこうなるのだろう。
ルビエルの手も女性にしては硬いが、クレイスほどではない。
「……そう、ですね」
そもそもリプサリスはルビエル以外とこうして手など繋いだことはない。
殿方の手ってみんなこうなのかしら、なんてことを考えているうちにクレイスが言った。
「ルビエル様の執務室だ。ここだろう?」
ほんの少しだけ香るルビエルの香水の匂いがする。
どうやら間違いなさそうだ。
「ええ、ここまでありがとうございました」
リプサリスは軽く頭を下げる。
「本当に助かりました」
「同僚が困っていたら助けるのは普通だろう?では俺は行くぞ」
そう言ってクレイスは手を離した。


ルビエルの執務室ならばどこに何があり、どこまで何歩かも把握しているので、仕事に集中しているルビエルの手を煩わすこともなく彼女の元へ行けた。
「ルビエル様、例の書類です」
「ああ、ご苦労。お前にしてはやけに遅かったな」
そう言って顔を上げたルビエルはリプサリスを見た途端、目を見開いた。
「人形はどうした?」
当たり前の反応だ。
リプサリスは正直に落としたことと、クレイスにここまで連れて来てもらったことを話した。
「……そうか。まぁ人形は新しく作り直せばいいから気にするな」
「はい、すみませんでした」
そう謝りつつも、どこかリプサリスは嬉しそうだ。
「闇の中はさぞ恐ろしかったと思うが、何かいい事でもあったのか?嬉しそうな顔をしている」
ルビエルはリプサリスを心配しながらも、どこか様子のおかしい彼女が気になった。
「特に何でもありませんわ。気のせいでしょう」
殿方に手を握られた、なんて知ったら、ルビエル様はきっと驚くに違いない。
そう思ってリプサリスは今日感じたときめきを自分の中にしまい込んだ。







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2015年 2月16日 莊野りず

マイナーどころじゃない、書いたの私だけじゃね?という感じなクレリプでした。
ほんと、この二人をくっつけようとか考えたのって世界に数人しかいないんじゃないですか?
無骨な男とクール娘のカプも需要あると思うんですが、その辺どうなんでしょうね。



        
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