「レイ、ジ……?そこに、いるの?」
息も絶え絶えのヴィディアはレイジに手を握ってもらいながら、意識が遠のくのを感じた。
「ああ!俺はここにいる!目の前だ!」
レイジは涙ながらにヴィディアの手をより強く握る。
しかし彼女が消滅するのも既に時間の問題だった。
「目が……見えない、よ。レ、イジ……」
「なんだ?何が言いたいんだ!」
周りの目を全く気にせず、ひたすら涙を流すレイジ。
「あい……し、てる」
ヴィディアは最後の最期でレイジの顔を見られないまま、この世から消滅した。
魂殺しの槍・スピリッツブレイカーで胸を貫かれたヴィディアには『消滅』という運命から逃れられなかった。
慟哭するレイジ、ギルヴァイスはそんな彼をじっと見つめていた。


【苦痛と快楽】


ヴィディアが消滅してから数日間、レイジは誰とも口を利かず、ただテラスで考え事をするようになった。
パージュやランガーは彼の気持ちを察したが、ユーニは遊び相手をしてくれなくてつまらないとよく愚痴をこぼした。
ギルヴァイスはこのままでは魔界は天使たちの思うがままになってしまうと危機感を抱いた。
それに、彼はレイジとヴィディアのカップルを成立させた立役者だ。
責任を果たす義務があるし、腹心の部下としてレイジをこのままにはしておけなかった。
それに……彼はレイジを愛していた。


レイジが意気消沈してから数日後、ギルヴァイスはテラスにいるレイジにこう言った。
「アイツの分は俺の愛で埋めてやる。……お前は望むか?オレとの永遠を」
ジーナローズだけではなく、ヴィディアまで失って失意のレイジはこの言葉に心を打たれた。
元々彼は愛に飢えていた。
ギルヴァイスはその事を悲しくなるほどよく知っていた。
彼の説得のおかげで天使たちと人間たちへの憎しみをたぎらせたレイジは天界に攻め込むことを仲間たちに宣言。
仲間たちはやっとレイジが元に戻ったと安心した。
だがそれが偽りであることはギルヴァイスただ一人しか知らなかった。
こうして天界への侵攻は始まった。


天使たちに対し、最愛の人を奪われたレイジは一切容赦しなかった。
命乞いする者もたくさんいた。
それは徒労に終わった。
ヴィディアという、感情のストッパーともいえる大切な人を殺した天使たちには拷問を行ったり、嬲り殺しにしたり、情けは一切かけない。
カルテットのメンバーでさえもレイジの行動には何も言えなかった。
ユーニだけはレイジが昔に戻ったと大喜びだったが。
特に大天使長メルディエズはユーニに羽を毟らせた後、殺さない程度に四肢を切断、一日ごとに適当な場所を刺してその苦しむさまを見ては楽しんだ。
魔界に平和をもたらしたレイジは、同時に誰が相手だろうと容赦しない最恐の悪魔だと魔界で噂されるようになった。
天使を一人残らず殺し尽したレイジは、次に人間を亡ぼすことに決めた。
リィディエールはヴィディアを刺した時点で始末してあるが、彼女と同じ人間という種族であるというだけで、人間も滅ぼすことに決めたのだった。 パージュとランガーはアンジェラを連れて仲間から外れた。
カルテットの中でユーニだけがレイジと同じく人間狩りを楽しんだ。
当然、人間たちにも拷問は欠かさなかった。
悪魔たちの大半はむしろこの行為を嫌った。
自分たちは理性ある誇り高き悪魔なのだ。
拷問などという蛮行などもってのほか、というのが大半の悪魔の言い分だった。
レイジは拷問を嫌がる悪魔すらも殺し始めた。
ただし同族のよしみで楽に殺してやる程度の温情は、この時点ではまだ残っていた。 人間を殺し尽したレイジはこれでやっとヴィディアのいない穴が埋められると思っていた。
しかしその穴は広がる一方で、一向に埋まる事はなかった。
「くそっ!これだけ殺してもまだ殺したりない!……満たされない。なぜだ?教えてくれ、ギル!」
既にレイジは狂気に侵されていた。
「人間どもを殺しても、殺しても、俺の胸の穴は埋まらない」
そう口癖のように呟くようになったレイジの傍には、約束通りギルヴァイスの姿があった。


悪魔には宗教はない。
代わりに崇められているのは魔王ジーナローズのみ。
テラスの下に作った、骨すらない空っぽの墓に手を合わせた。
レイジにも内緒で彼が一人で作った小さなヴィディアの墓だ。
その墓の前で、ギルヴァイスは手を合わせる。
こんな時に神が本当にいるのなら……なんてことを考えずにはいられない。
「ヴィディア、オレはどうすればいいんだろうな……。お前だったら簡単にレイジを止められるのに」
墓からは当然返答などない。
「……また来る。その時はレイジを止めてくれよ?」
最後に墓に向かってウィンクして、彼は魔王城の内部へと戻った。


「……ヴィディア、お前がいないと淋しくてしょうがない。どれだけ殺し尽せばいいんだ?どれだけ殺せば俺は満たされるんだ?」
レイジは連日悩んだ末、なんと魔界をも滅ぼす事を選んだ。
ギルヴァイスがどれだけ言っても無駄だった。
相変わらずユーニだけはレイジの案に大賛成で、積極的に同族を狩った。
一人、また一人、と着々と減っていく悪魔たち。
少しづつでもカルテットの二人がいる限り、圧倒的に普通の悪魔には不利だった。
レイジとユーニは笑顔で大虐殺を楽しんだが、ギルヴァイスは同族殺しは苦痛でしかなかった。
やがてパージュとランガー、そしてアンジェラもレイジによって殺害されたと部下がギルヴァイスに報告してきた。
――もはやこれまでか。
ギルヴァイスは魔界を死守することを諦めざるを得なかった。
最後にスタミナの弱いユーニを一太刀で仕留めたレイジは、他に生きている悪魔はいないか、探し回った。
「……いた」
レイジはすでに狂ってしまっていた。
だから気づかなかった。
自分が刺したのは最後の味方だという事に。
「気は……済んだか?」
ギルヴァイスは口から血を吐きながら、痛みをこらえるようにゆっくりしゃべった。
流石にこれにはレイジも驚いた。
「……やっぱり、オレ、じゃ……アイツの代わりには……なれないか」
彼は皮肉気に笑う。
レイジが慌てて剣を引き抜くと、そこから大量の鮮血が溢れた。
「愛して……たぜ」
そうしてギルヴァイスは自分が殺戮という苦痛から解放され、むしろ死という快楽へ向かうのを感じた。
レイジが最後に自分に見せた顔は……思い出せない。








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2014年 12月14日 莊野りず

実はこれ書く前にレイヴィものを書いてたので、なおさら悲劇です(私の脳内が)。
ギルは尽くすタイプだと思うんです、っていうか、そうですよね。
リィディエールも入れようかと思ったけど、ややこしくなりそうなのでサクッと。



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