恋愛50音のお題 男女カプオンリーで攻略中

へ、ヘロイン


  
彼は注射器を手にしている。
その針先を自身の腕に当てる。
針は刺さるか刺さるまいかのところで、彼は震える手を見て愕然とした。
――自分は今、何をしようとしていたのか。
自分で自分が恐ろしくなる。
でも生憎彼には心を許せる友などいなかった。


「ベイル様、ベイル様、十神将会議が始まるお時間ですよ」
いつもは自分から会議所に向かうのに、ここ数日の彼は少し変だ。
カルディアは漠然とした不安を感じていた。
所詮ヒトでしかない自分には天使の高尚な悩みなど理解できるはずもないし、何の力にもなれない。
何かあってからは遅いのだ。
その前にトラブルの種は絶っておくのが自分の仕事だ。
「……そんなにしつこく呼ばなくても理解している。支度に手間取っているだけだ」
いつも通りのベイルの声が扉越しに聞こえてきて、カルディアは一安心した。
――なんだ、いつも通りのベイル様じゃない。
しばらくしてから部屋から出てきたベイルは確かにいつも通りだったが、少し顔色が悪く、多少ふらついていた。
「大丈夫ですか?お顔の色がすぐれませんし……」
「徹夜で本を読んでいただけだ。心配するな。ヒトと違って天使は丈夫なんだ」
カルディアの声を遮ってそう言い捨てるベイルは、やはりどこかおかしい。
どこが、と具体的には言えないけれど。


十神将会議は思ったより長引いていて、副官であるカルディアは部屋の外で待つより他ない。
共に上司を待っているグリシナと目が合った。
「こんにちは、グリシナ」
「……こんにちは」
相変わらずグリシナは不愛想だった。
「レッドムフロン様はご息災のようですね。先ほどお顔を拝見して安心しました」
どうにか会話を繋げようとしてみるものの、グリシナは自分の上司の事だというのに全く話に乗らない。
「……貴女にはベイル様の副官という自覚はある?」
いきなりのグリシナの発言に、思わずカルディアは言葉に詰まる。
「……どういう、意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。ベイル様の顔を見ても解らないなんて、相当鈍い」
何が言いたいのか見当もつかない。
それにこのわざと煽るような言い方には温厚なカルディアでも少し腹が立った。
「言いたい事があるのならはっきり言えばいいじゃないですか」
カルディアの大声に驚いた様子を見せながら、グリシナはあっさり口を割った。
「ベイル様はヘロインに手を出してますよ」
「え?」
カルディアには寝耳に水だった。
「それは、どういう……」
「詳しい事は本人から聞くんですね。では私はレッドムフロン様のお出迎えがありますから、これで」


カルディアは悩んだ末に直接ベイルに話を訊こうと決めた。
例え何を言われたとしても、ベイルのためを思っての事なのだ、きっと解ってくれる。
そう信じて軽くノックを四回してからベイルの部屋に入った。
彼は留守だったが、整いすぎるほどに綺麗な部屋の中で机の上に丸出しになって置かれている薬と注射器を見つけた。
「……ヘロイン」
?ヒトの間でも出回っているが、これほど純度の高そうなものはお目にかかったことがない。
十神将だからこそ手に入ったのだろう。
注射器には何度か使用した形跡があり、彼女はベイルがヘロインに手を出しているという事実を受け入れるしかなかった。
「……どうして」
泣きたくなった。
こんなものに手を出す前に一言くらいは相談してほしかった。
自分は副官なのに。
それほど頼りにならないと思われていたのか。
それだけ彼が追いつめられていることに気づけなかったというのか。
「……カルディア?私の部屋で何をしている?」
ベイルが帰ってきたようだ。
確かに言われてみれば、その口調はどこか舌足らずだ。
「ベイル様、何があったのです?」
カルディアの問いでけれは全てを悟ったようだった。
「……見つかってしまったのか」
それはどこか悪戯を見つかった子供のような開き直りのようなものを感じさせる響きだった。
「どうしてですか?私ではそれほど頼りないですか?」
「私は……嫌になってきたのだ。手柄を上げようと規格外の私にはこれ以上の出世も見込めない、天使として不完全だと陰口をたたかれる。これ以上は耐えられない」
それはベイルの心からの叫びだった。
天使社会の落差は理解しているつもりだったが、これほどまでに追い詰められていたなんて思いもしなかった。
彼女は自分に出来る事、ただ一つの事をした。
「……カルディア」
まるで母親のように自分を抱く彼女にベイルは驚いたが、同時に少し安心した。
ただ黙って、優しく抱きしめるだけの抱擁。
しかしベイルにはこれで十分だった。
孤独ばかりを感じていたが、ここに理解者はいるではないか。
「愚痴ならばいくらでも私が聞きます、望むのなら慰めの言葉も差し上げます。……ですからどうか、ヘロインだけはやめてください。他でもない、貴方自身のために」
「……ああ」
このように、まるで母親のように抱かれていてはそう答えるしかない。
ただのヒトでしかないカルディアにここまで癒されるなんて、考えてもみなかった。
ベイルはカルディアと共に大量のヘロインを、誰にも見つからないよう燃やした。
ヘロインと共に自分の頑なな心まで柔らかく溶けていくのを感じた。


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2015年 2月23日 莊野りず

ヘロインに手を出しそうなキャラがベイルくらいしか思いつかななかった……。
日頃真面目な人ほどドラッグ系に手を出しやすいイメージです。ベイルと言えば真面目で不器用というイメージがあったので彼に白羽の矢が立ちました。
カルディアとベイルってなかなかいいコンビであり、カプにもなると思うんですがいかがでしょう?




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