もう初夏だというのに、雨の日は寒い。
薄着ではないレアが寒気を感じるのだから、アベルはさぞ寒いだろう。
眠っているアベルの隣に腰を下ろす。
「あら……」
アベルの身体――特に腕は温かかった。


【梅雨時期の狐の嫁入り】


「では行ってまいりますね」
レアは早朝、買い物かごを手にしてアラギに告げた。
伝言役として起こされたアラギは眠そうに欠伸をしている。
「嬢ちゃん。どうせならアベルの方を起こせよ」
「わたしはアベル様のみの従者です。そのアベル様の睡眠を邪魔するわけにはいきません」
そう告げると、雨が降りそうな曇り空の向こうへ、彼女が出来る限りの速さで走り出した。
残されたアラギはぼやく。
「……嬢ちゃんも難儀だなぁ」
いっそルカのように強気な女だったらアラギも放ってはおかないのに。
そう残念がりつつも、やんちゃ盛りのアベルにはレアがちょうど良いように思えた。


アベルは正午過ぎに起きた。
気だるげに肩の関節を鳴らす。
「……レアはどうした?」
そばにいるアラギに乱暴に尋ねる。
「嬢ちゃんなら買い物に行ったぜ。お前を起こさないように慎重にな」
その声はどこか面白くなさそうだった。
「……なぜ止めなかった?アイツは貴重なインセストなんだぞ?誘拐でもされたら……」
言いかけるアベルに、アラギは傘を投げ渡した。
「おっ、おい!なんだこれは?」
「見てわかんねーのか?傘だよ傘。この空模様では雨が降るのは時間の問題だ。嬢ちゃんの事を少しでも大事に思っているんなら迎えに行ってやんな」
アラギは相変わらず面白くなさそうだ。
熱を上げているカインたちの一行にいる女悪魔と上手くいっていないのだろう。
「……言われるまでもない」
アベルはそう返すと、傘を受け取った。


ヴェローナの街は人通りが多い。
アベルは幽葬の地下通路を抜けてからかれこれ一時間も街を彷徨っている。
それでもレアらしき姿は見つからない。
既にポツリポツリと雨が降ってきている。
「くそっ!」
アベルは悪態をつきながら街を歩く。
そしてようやくレアを見つけたのは三時間後だった。
その頃には雨は勢いを増して、打ちつけるようだった。
食材を詰め込んだ紙袋を持ちながら、店先で雨宿りしていたところを見つけたのだ。
「レア」
「アベル様?」
レアは不思議なものを見るようにキョトンとしている。
「……なんだ?オレが迎えに来てはおかしいか?」
「いいえ。おかしくはありませんが……」
晴れた天気の中、降り続く雨を横目に見ながらレアが言う。
「こんな素敵な天気の日に迎えに来てくださったことが嬉しいのです」
「こんな天気?」
アベルは空を見上げるが、それはただの天気雨だ。
「アベル様はご存じじゃないかもですが、お天気雨の事を狐のお嫁入りともいうのですよ」
レアはにっこり笑う。
アベルはどう返していいのか分からずに、ただ傘を差し出す。
「入れ。このままじゃお前の買い込んだ食材が濡れる」
その表情には明らかな照れが混じっており、レアは嬉しくなる。
特別に思われているようで。
傘は一本しかなく、二人は幽葬の地下通路まで相合傘で帰った。
地下通路の入り口近くに来ていたアラギが大笑いした。
アベルの肩はぐっしょりと濡れていた。
しかしレアはほとんど濡れてはいない。
後にこの事をアベルをからかう小話として言い聞かせたことは言うまでもない。







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2014年 6月18日 莊野りず

リクエストいただきましたアベレアです。
恋愛色の強い作品をご希望だったそうですが、折角の六月だし、梅雨ネタを入れようと思ったらこうなりました。
一応、もう一遍ネタは用意してありますので肩透かしでしたらそちらを楽しみにしていただければと思います。
アベレアで相合傘って可愛くていいと思いませんか?



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