六月の花嫁――ジューンブライド。
それに憧れない乙女はいない。
そしてそれは例外なくレアもであった。


【六月の花嫁】


レアがインセストの少女たちと話をしている。
いつものアベルならばそんな事は聞き流したであろう。
しかしそれがレアが中心になっているのだから聞き流すわけにもいかなかった。
「六月の花嫁はどれだけ幸せになれるのでしょうね」
「そうよね、あたしも六月に結婚したい!」
「晴れた日は少なそうだけど、でも晴れた時の嬉しさは数倍なのよね!」
さらってきたインセストたちは皆、レアに好意的だった。
彼女は常にインセストたちに気を配り、微かな体調の変化にもすぐに気づいてくれる。
そんなところが人気なのだとアベルにも思えた。
夜眠る時にもレアが傍らにいることによって得られる安心感は格別だった。
そのレアが同年代の少女たちと談話を楽しんでいる。
そこにアベルの入るスキはなかった。
ただ少しだけ聞こえたのは誕生石という言葉だった。


『ラピスラズリ』。
レアの誕生石はそれのようだ。
どんなものか見たことも聞いたこともない。
それも当然だった。
アベルはカインの危機を虎視眈々と狙っているのだ。
余計なものに惑わされたくはない。
だがこの時は別だった。
レアが六月の花嫁に憧れているという事は解った。
今日ヴェローナの街にやってきたのは誕生石を手に入れるためだった。
金を請求してくるようなら強奪すればいい。
アベルの倫理観は危ないところまで来ていた。
ところでレアの誕生日などアベルには解らない。
とりあえず一通りまわって見てからだとアベルは思った。
強奪した品でレアが喜ぶか否かと言えば、否だ。
それでもアベルには他の方法など思いつかない。
そんな時、いかにも客の入らなそうな宝石店を見つけた。
こういう店にこそ掘り出し物はある。
アベルはそう思い、店内に入った。
店主は白髪交じりで、虚弱そうで、とてもじゃないが商売に向いていなさそうな男だった。
「おい店主。栗色の髪に青い瞳の女に似合いそうな石を出せ」
アベルが高圧的に命じると、店主は縮こまった。
「ひいっ!もう少し具体的に!誕生石とかあるでしょう?」
店主はすっかり恐縮した様子でアベルの目をまともに見れない。
こんなのが店主かとアベルは情けなくなる。
「……えーっと、栗色の髪に青い瞳ですか。誕生石は解りませんが、ラピスラズリなどいかがです?」
それは確かレアたちの会話に出てきたこと言葉だった。
「それでいい。早く出せ」
相変わらずの高圧的な態度を崩さずにアベルが命じると、レアの瞳の色とは合わない気がするが、それなりに絵になりそうな大きな石が出てきた。
「……いいな。気に入った」
アベルの満足げな声に安心したのか店主はここぞとばかりにセールストークを始めた。
「綺麗でしょう?これは産地からの直送便で、当店の技術で磨き上げた特上品です!」
アベルはそんな言葉にはうんざりだ。
「……それで、いくらなんだ?」
他でもないレアのためなら少ない小銭を全額支払ってもいいと思った。
しかしそれは予想を一桁も二桁も越えていた。
アベルが怒りに震える。
世間で流行の六月の花嫁の婿ははこれほどまでの金を払っているのか。
突然馬鹿馬鹿しくなって、アベルは店を後にした。
店主の舌打ちも気にならなかった。


「どこに行っていたんですか?」
レアが不満げに訊いてくる。
これにはアベルも困った。
「いや……カインたちの動向を見に行ったというか……」
「それならばいいのです。あまりわたしたちを心配させないでくださいね」
レアは夕飯の皿を叩きつけながら、アベルの一人行動を責めた。
「どうしてアラギ様と行動するのが嫌なんですか?」
「……別に、嫌ではない」
「じゃあ今日はどうして……!」
「だから、お前が喜んでくれそうな宝石を探してたんだよ!」
アベルが顔を真っ赤にしながら答えると、レアはきょとんとした。
「わたしが喜ぶ宝石、ですか?」
「ああ、悪いかよ!?」
しばらくの間をあけて、レアはぼそりと呟いた。
「本当にラピスラズリなんて探しに行くだなんて……」
言外に馬鹿だと言われているような気がして、アベルは不愉快だった。
「わたしはアベル様さえいればそれでいいのに……」
そう言うレアも花嫁の格好をしたかったのに違いない。
せめて花嫁の格好はさせてやりたかった。
そこでレアに六月の花嫁の気分を味わらせてやりたくなった。
レアのドレスを縫ってくれないかというアベルの提案に、女子のインセストたちは盛り上がった。
さらってきたインセストたちはレアに好意的で、嫌な顔一つせずにレアのドレスを縫い上げた。
淡いブルーのドレスが妙にレアに似合った。
インセストの男子が問う。
「汝アベルはレアを妻として健やかなる時も病める時も……」
ちぐはぐな結婚式だった。
街のように上手くは進まない。
それでもアベルは真剣だった。
レアもそうだろう。
「汝レアは……」
互いに誓い合った後、口づけをかわす。
アベルにとってもレアにとっても、それは初めてものだった。
「……ここに来てからはわたしは自分の気持ちが満たされる気がします」
「オレは別に何もしちゃいない。己の人徳だな」
そしてレプリカのラピスラズリの指輪をレアの細い指に通す。
その瞬間、インセストたちからの膨大な拍手が起こる。
それは六月の花嫁だけの特権。
レアはその幸福を抱きしめていた。





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2014年 6月19日 莊野りず

レアは何となくですが 冬生まれな気がします。
瞳の色と合わせてラピスラズリが似合う気がしたのですがいかがでしょう?
キスというか結婚式もどきというか、私にはこれが限界でした。



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