「アベル様!」
レアはアベルを異様に慕う。
アベルはアベルで嫌な気はしないらしい。
いつもレアを連れ歩く。
これはそんな二人がある事件に巻き込まれたときの話。


【帰る場所】


その日も二人は幽葬の地下通路から出て外を歩いていた。
ヴェローナの町は相変わらず平和だ。
「……平和すぎて嫌になりそうだ」
今日は教団に捕らえられているインセストの奪取のために来た。
教団のインセストの扱いは雑で、今のところ長生きしているのはレアくらいしかいない。
最初は彼女の事を遣い捨てる気でいたが今はそうは考えていない。
自分も変わったものだと思う。
「アベル様、アレを見てください」
レアが指差したのは傷を負ったインセストらしき少年だった。


「少し沁みますよ」
「ぐっ」
とりあえず近くの木陰に運んで消毒する事にした。
傷自体は浅いが、疲労は辛そうだ。
「それで、あなたはなぜあんなところにいたのですか?」
私もインセストですとレアが言うと、固かった彼の口も軽くなった。
「俺はケイ。インセストだが、妹を助けたくてあそこまで……」
「妹だと?」
確認するアベルに縋るように少年――ケイは唸った。
「インセストではないけど天使にちょっとした悪戯をしてしまって捕まったんだ」
インセストではないと聞くとアベルの興味が逸れた。
「だから俺はケイの身代わりに教団に行くと言い出したんだ。妹さえ助けてくれるならなんでもする」
「なんでも?そこまで言うなら助けてやる」
「アベル様」
レアが咎めようとしてもアベルは決めていた。
ケイの妹を助け出してインセストであるケイを貰おうと。
「本当か?」
「ああ。天使なんてただ群れてるだけだ。オレは怖くもなんともないからな」
アベルは本心からこう言った。
または少しレアの前で格好つけたかったからかもしれない。


以前教団へ進入した事もあってアベルは迷いなく進んでいく。
それを少し心配そうに見るレア。
アベルは待っているように言ったのだが、レアはついて行きたいと言い出した。
どうなっても知らないぞと脅してもレアは引かなかった。
「そろそろ牢の辺りか」
アベルは腰からヘビーソードを引き抜くと、薄い壁にぶつけた。
そして牢が明るみに出ると今度は牢屋を壊していく。
「大丈夫ですか?こんなに目立つ事をして」
「別に構わないだろ。オレ達には関係ないんだし」
アベルは黒い翼を広げた。
それを見た見張りの天使が叫び始めた。
「あ、悪魔だ!だれか!」
「ふん」
叫ぶ見張りを剣で一撃。
本当にアベルにとっては天使などただの白羽根だ。
「凄いです」
レアはあっけにとられた。
「今のうちに急いで妹を探せ」
「探しているんですが、人数が多くて……」
「インセストじゃないとは面倒だな。全員連れ出すぞ」
こうしてアベルとレアは牢にいた者たちを全員連れ出した。


「ソフィー、無事か?」
「お兄ちゃん!痛かったよう」
大量の囚人の中からケイは一目で妹を見つけ出した。
妹の名はソフィーというらしい。
「……そもそも妹の名を訊いていればこんなに面倒な事にならなかったんじゃないか?」
「まあいいではないですか。無事に再会できたのですから」
しばらく妹と抱き合っていたケイは急にこちらを見た。
「……約束だ。好きにしていい」
ケイは覚悟を決めたようだ。
アベルの正体にもうすうす感づいているようだ。
「お前には……やめた」
「へっ?」
アベルはどこか恥ずかしそうに言った。
「お前には帰る場所があるだろう。オレ達は帰る場所を持たない奴らの集まりだ。だからお前はいらない」
ケイはしばらく佇んでいたが嬉しそうに笑った。
「……帰るぞソフィー」
「このお兄ちゃんたちは?」
「ここでさよならだ」
ケイは手を振りながら帰っていった。
それからしばらくして、黙り込んでいたアベルが口を開いた。
「……お前はオレのそばにいろ」
レアは面食らった顔をしたが、次の瞬間には笑った。
「わたしもまた帰る場所を持たない身。いつまでも貴方のそばにいます」
その言葉にアベルは安堵するのだった。









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2013年 月日 荘野りず

ただいちゃいちゃしているだけだといつもと同じなので兄妹のエピソードを入れてみました。
オリキャラが出張ってしまった気がしますが、お気に召しましたら幸いです。



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