本格的に冬になってきた。
手に吹きかける息がいつの間にか白くなっていると、ああ冬が来たんだなと実感する。
レアは街を歩く者たちの服装が以前より暖かそうなものに変わっていることに、今更ながら気づく。
――アベル様は寒くはないのかな。
出会った頃から彼は半袖にパーカーの前を開けている。
あの時は混乱していたし、それほど寒い時期でもなかったから気にならなかったが、今になると気になって仕方がない。
同じ悪魔でもアラギは長袖だし。
そんな事を考えながら街を歩いていると、とある店を見つけた。
「……多分、大丈夫」
そう呟いて、彼女は店に足を踏み入れた。


【消えたレア】


「……何だこれは?」
教団からのインセスト狩りから戻ったアベルは、その場の惨状に思わず閉口した。
彼が攫ってくるインセストたちは比較的幼い者が多い。
あまり年長なインセストは扱いが面倒だし、アベルの望む通りに従わないことが多い。
それに連れ出す時が色々と面倒だ。
だから必然的に攫うインセストは子供が多くなる。
いつもはレアが上手く宥めて、夕食を与え、寝つかせている所だった。
……そう、そのはずなのだ。
なのに今日は、帰った途端に大量の幼いインセストの少年少女に泣きつかれた。
「レアお姉ちゃんが変なの!」
「アベルお兄ちゃん、お腹減った!」
「お腹が減って眠れないよぅ」
一気に泣きつかれては、いくらアベルとてどうしようもない。
そもそもアベルは子供が苦手なのだ。
「レアを呼んで来てやるから、大人しくしていろよ」
そう言ってやるのが精いっぱいだ。
――全くレアの奴、何をやっているんだ。
アベルの中に生まれた苛立ちはすぐに限界点へと達しそうだった。


台所として使っている場所に行ってみても、レアは見つからない。
いつもならこの時間帯にはアベルと共に夕食を摂る時間。
それなのに食べ物の美味しそうな匂いが一切しない。
いつなら大抵二人きりで静かな夕食を楽しむところなのに。
密かにその時間を楽しみにしていると、この時に初めてアベルは気づいた。
「……フン」
その事実を認めたくなくて、彼は鼻を鳴らした。


次に行ってみたのは居間として使っている場所。
ここでいつもレアはインセストたちに食事を与えている。
やはり、ここにもレアはいない。
「……どこにいったんだ?」
がらんどうな幽葬の地下通路のその間に、アベルの独り言が響く。
反響する自分のその言葉が耳に痛い。
まさかレアはこの生活が嫌になってしまったのではないだろうか。
いつもより気疲れしたアベルの脳裏にそんな事が浮かんだ。
年頃の少女としては、こんなジメジメして暗い場所よりも、明るくて華やかな街の生活の方が良いに決まっている。
――レアはきっとここの生活が嫌になったんだ……。
元々、物事を重く考えがちで、明るい思考が出来ないアベルは、早々にそう結論付けた。
自分を慕ってくれたレアだって、こんな気まぐれな生活には付き合いきれないとでも思ったのだろう。


「アベルお兄ちゃん、レアお姉ちゃんは?」
インセストたちの中で一番年長な子供が代表して訊いてきた。
彼はすっかり疲れ果てた様子だ。
他の子供たちも同様に、足が泥だらけだ。
パスカのペインリングを手にしてからは彼らの管理もアベルの意思次第のため、子供たちがうろついても危険はない。
この子たちはレアを探し回ったのだろう、それも手当り次第に。
「……レアは」
きっともういない、そう伝えようとした時だった。
「あ、レアお姉ちゃん!」
幼い少女のインセストが目を輝かせて、アベルの足元を駆けた。
他の子供も彼女に釣られて走り出す。
「レアお姉ちゃん!」
「お腹すいたよー」
静かだが、確かに足音が聞こえる。
アベルもよく知るこの足音。
振り返ると、そこにはこちらに向かって歩いてくるレアの姿があった。
子供たちは素早くレアに群がり、自分たちがどれだけ淋しくてひもじい思いをしたかを必死に伝えている。
レアは一人一人に謝ってからアベルの方を見た。
「お帰りなさい、アベル様。少々集中しすぎたようです」
何に、とは言わなかった。
アベルよりも今現在彼女の足元に纏わりついて、夕食をねだる子供たちに集中していたからだ。
「……少しの間だけ、大人しくしていてくれますか?」
子供たちにそう告げたレアは、手にした材料を持ったまま、台所として使っている場所に急いだ。
彼女にぴったりくっついて離れない子供たちとは裏腹に、アベルはその場を動かなかった。
脱力が半分、安心が半分の状態で、自分がレアを特別に思っていたという事実に今更ながら愕然とした。


子供たちの夕食が終わり、寓話を話して寝かしつけたレアは、アベルの分の食事の支度を始めた。
「すみません。お腹が空いてらっしゃるでしょう?すぐに用意しますので」
昨日はグラタンだったし、今日はシチューにしましょうか。
そんなレアの独り言を聞きながら、アベルは仏頂面だ。
「食事ならそれほどこだわらなくていい。そんな事より、お前は今までどこにいたんだ?探したぞ」
野菜の皮を剥いていたレアはその言葉に動きを止めた。
アベルの方を振り向いた彼女はとても嬉しそうだ。
「アベル様が、わたしを?どうしてです?」
てっきり興味がないのではないかと思っていたのに、そんな顔をしている。
「それは……お前がいないといろいろ不便だからだ。インセストのガキどももお前がいないとろくに養えやしない」
尤もな言い分のつもりだし、実際そうだ。
ただ、必要以上にレアの事を気に入っているのは、アベルとしても予想外の事だが。
「ふふ、アベル様も苦労なさったんですね。そのお話は夕食の後にしましょう」
そう言って、レアは料理に戻る。
その日の夕食が済んだのは十一時過ぎの事だった。


夕食のシチューはいつもより簡略化した作りとはいえ、とても美味だった。
食事を終えたアベルは、レアが片付け終わるのを待ってから話を切り出した。
「……それで、お前はどこで何をしていた?」
あまり高圧的にならないよう、自分に注意しながら尋ねる。
レアは少々曖昧な笑顔で何かを背中から取り出した。
「本当はもっと凝ったつくりにしようかと思ったんですが……」
そう言いながらレアが見せたのは、ホワイトベージュの毛玉……ではなく、よく見るとマフラーだった。
長さは市販のものより短そうだが、使えないこともなさそうで、端にはボンボンがついている。
アベルは無言でそれを奪い取るとよく見てみた。
ざっくりと編んであるが毛糸がふわふわな物なため、十分暖かそうで使い勝手もよさそうだ。
「これは?」
「ほら、アベル様っていつもその恰好ではないですか。この時期には寒そうにしか見えませんから」
それで街で見かけた手芸店に入り、毛糸を三玉ほど購入し、朝からこの時間まで一心不乱で編み続けたというわけだ。
「……これを、オレに?」
「わたしが贈りものをする相手が、アベル様以外にいるとでもお思いですか?」
レアは真顔でそう言った。
試しに巻いてみると、ファッション的にはいまいちだが、マフラーとしての機能は十分だ。
「もう少しくすんだ色がお似合いかとも思ったのですが、それしかなかったんです」
少し言い訳するようなレアの困ったような顔が、今では嬉しい。
「邪魔だが……お前がつけて欲しいというのなら」
それは気に入ったというアベルなりの意思表示。
レアもそれくらいは理解している。
「なんでしたら、セーターもいかがですか?ちょうどいい毛糸を手に入れてきたんです」
嬉しそうなレアだが、アベルとしてはこのパーカーファッションは気に入っているし、こだわりもある。
「いや、このマフラーだけで十分だ。ただし、一つだけ言っておくぞ」
アベルは顔が赤くならないよう、自分を律して言った。
「オレ以外の奴には、いくら仲間だろうとこんなものは作ってやるなよ?」
一瞬何を言われたのか理解できなかったレアだが、その言葉の真意を悟り、思わず頬を染める。
「はい!もちろんです!」











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2014年 11月30日 莊野りず

2300打リクエストでアベレアでした。
シチュエーションなどの細かい指定がなかったので、この時期の個人的萌え話にさせていただきました。
アベルのあの格好ってどう見ても冬は寒そうですよ、あっさり風邪ひきますよ!
→レアがマフラー編んじゃえばいいんじゃない?、と考えた話です。我ながら単純(笑)。



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