季節もの・リクエスト作品

幸せな大参事




今日もアベル様はインセストを探しにお出かけです。
それもいつもの事だし、わたしも慣れています。
「レアお姉ちゃん?」
「『悲しい』の?」
わたしの足元に群がる、同じインセストの幼い子たちが、わたしを真剣な目で見つめている。
力など使わずとも、彼らの気持ちはよく解る。
わたしはしゃがんで、話しかけてきた子供二人と、その横でどう声をかけたらいいのかを迷っている子たちに向かって微笑む。
同じインセスト相手では嘘なんて通用しないし、そもそもそんなつもりなんてない。
「……大丈夫ですよ。皆さんのために、美味しいお料理を作るのが楽しくて仕方がないのです」
すると子供たちはわたしの言っている事は嘘ではないと知りつつも、なぜそんな結論になるのか、不思議でたまらないらしい。
――まるで、あの幼い頃のわたしを見ているようですね。
養母はわたしが包丁に触ろうとすることを、極度に恐れていた。
そしていつも口癖と化すくらいに言ったのだった。
『怪我でもしたらどうするの?』
……あれは今となっては『大切なインセスト』であるわたしに傷でもつけたらいけないという考えからのモノからかもしれない。
――それとも単に『心配だった』だけ?
どちらにしても、今ではどうでもいい。
わたしにとっての『大切な者』は、すでに彼らではないから。
今、最も大事なのは、他でもないアベル様だから。
わたしの事を不思議そうに見上げる子供たちが、少しづつ離れていく。
――やっとですか。
最後の一人はわたしにしがみつこうとしていたけれど、行きましょうかと促すと、喜んで私の先を行った。


アベル様にはみんなが感謝しているのだとよく解る。
今日は痛みそうな野菜が大量にあったので、とりあえず煮込んで、調味料で味付け。
これが意外と評判が良くて、男の子はほぼ全員がおかわりした。
――まるでわたしはお母さんみたいね。
そんな事を考えながら、器に煮込んだものをよそう。
そこでハッとした。
――……やだ、わたしったら。じゃあお父さんは……。
わたしは真っ赤になりながらも、ついアベル様の方を見てしまう。
私のその視線に気づいた彼はやはりこちらを見る。
――お願いです!わたしの考えなど読まないでください!
……それでも時は遅く、彼はわたしの方を何となく意地の悪い笑みを浮かべてみた。
「……ふーん。たまにはオレもお前の手伝いでもしてやろうか?」
「……え?」
あまりにも突然の言いように、唖然としていると、アベル様はわたしの手を強く引き、台所代わりの空間へと連れて行く。
「アベルお兄ちゃんばっかりズルイ!」
「レアお姉ちゃん!」
子供たちの非難の声も我知らず。
彼は口角を歪めていた――気がした。


「それで、オレは何を作ればいいんだ?」
「え?まずそこからですか?」
わたしの予備のホワイとのエプロン(こう言っては何ですが、大変お似合いです)を装着して、アベル様が言い出したのはその一言。
なにか具体的に作りたいモノはなかったのだろうか。
「オレは初心者だぞ?初心者向きの楽に作れて、見栄えのいいものがいい!」
そう言い切るアベル様は、いつもはその頭のよさや冷静さに感動するものの、今は失礼ですが『可愛らしい』。
共苦されて考えを読まれるのも困るので、とりあえず『卵焼き』から提案してみる。
……やはり、アベル様はお怒り。
「……そんな誰でも作れるもん、このオレには向かないだろ?」
呆れてそう言うアベル様。
――でも、料理の腕はこちらが上ですよ?
「卵焼きは料理の基礎と言ってもいいくらいです。それを蔑ろにしていては、簡単なモノすら作れませんよ?」
そう挑発すると、らしくもなく真顔になるアベル様。
「……たかが卵焼きが、そんなに重要なのか?」
「はい。例えば……卵を割ってみてください」
わたしがそう指示を出すと、簡単すぎるとばかりに卵を手にした。
そして嵌めているグローブごと、卵をひねりつぶした。
「これでいいんだろ?簡単じゃないか?」
「……」
思わず言葉を失う。
――悪魔だって、料理くらいはするはずなのに……。
確かに、『卵を割ってみて』とは言いました。
でも『粉砕しろ』とは一言も言った覚えがありません。
わたしがどうしたものかと悩んでいる間、彼は次々に新鮮な卵を割り続ける。
……卵焼きを作るために。
殻とカラサ、黄身と白身が混ざり合う、わたしとしては『悲惨そのもの』の状態。
どう声をかければいいのか、言葉が見つからなかった。




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2015年 月日 莊野りず

2800打リクエストの、『レアの家事を手伝うアベル』の話でした。
個人的にレアは家事を一任されてると思うので(アベルは少年だし、アラギは典型的なダメな大人だし)、慣れていそうなイメージです。
アベルは戦闘面でも手強いし、カインを助けてくれたりもするツンデレなので、全く悪気はないです。
他にも案はあったのですが、長すぎになりそうなので、ここで打ち止めです。お粗末様でした!




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