「灯りをつけましょ〜」
ジーナローズは楽しそうに人形を飾っている。
しかも鼻歌交じりで。
いつもとあまりにもノリが違うので、レイジは戸惑うばかりだ。
「ね、姉さん?何してるんだ?」
彼女はくるりと首を回転させた。
「そうだわ!アンジェラも呼びましょう!名案だわ!」
彼女はレイジの質問には答えずに、一人で楽しそうに笑っている。
明日は人間の暦で三月三日。
雛祭りだ。


【雛祭り交響曲】


ジーナローズの使者として、パージュに城を訪れたレイジはパージュのつれない対応に頭を悩ませていた。
「あたしらはアンタになんか用はないよ。さっさと帰んな」
アンジェラを抱きしめたまま、母性本能丸出しでレイジを追い出そうとする。
その対応にはムッとするが最愛の姉に頼まれた仕事は全うしたい。
「姉さんが……魔王がお前とアンジェラに用があるそうなんだ!」
ジーナローズの名を出した途端にパージュの対応は変わった。
「ジーナローズ様だって?それを早くお言い!」
「だから、パージュが何も言わずに断ろうとしたんだろ?」
アンジェラはパージュに抱かれたまま表情を変えない。
しかし不安そうにパージュの腕にしがみついている。
レイジはパージュに絞められた首元を楽にしながら招待状を差し出した。
『パージュとアンジェラへ』と、ジーナローズの繊細な筆跡で書かれている。
彼女が手書きで誰かへの招待状を書くのは非常に珍しい。
いつもは筆記係に書かせるからだ。
それだけ重要な案件に違いないとパージュは身構えた。
唾を飲んで封筒を開けると、そこには簡潔に用件が書かれていた。
『パージュへ。アンジェラを連れて、明日魔王城にお越しください』。
「……なんだい、これは?」
パージュは首を傾げる。
「俺が知るもんか。姉さんが何か楽しそうにしてたが、それと何か関係でもあるのかも」
パージュは考え込んだが何も思い当たる節はないらしい。
あのジーナローズが人間の子供であるアンジェラに危害を加えるとは思えない。
「あんたはどうしたらいいと思う?」
パージュが尋ねると、アンジェラはにっこりと笑った。
その笑顔に、パージュは行くと返事をした。


「なあ姉さん。今日は一体何なんだ?俺にくらい教えてくれたっていいだろ?」
七段もある階段状の棚の上に人形をいくつも飾りながら、ジーナローズはまたしても鼻歌を歌っている。
「ふふっ。アンジェラは喜んでくれるかしら?」
ジーナローズにはレイジの声も聞こえないらしい。
そのくらい夢中になるものなのだろうか。
どうしても気になって仕方がない。
「姉さん!」
語調を荒げるとやっと彼女は振り返った。
「あら、いたのね。パージュとアンジェラはまだかしら?」
恍惚とした表情で、頬も上気している。
「だから姉さん。今日はなんの日なんだ?」
「レイジは知らないのよね。今日は人間の女の子のお祭りで、雛祭りという日なの」
「雛祭り?」
いまいちレイジにはピンとこない。
「この人形は雛人形と言って、厄除けの身代わりになってくれるものなの」
「へぇ」
人間の事となるとジーナローズは饒舌になる。
「だからアンジェラを呼んだのか」
「そうよ。あとは桃の花を飾って、甘酒を用意すればいいわ」
今日この日を楽しみに待っていたのだろう。
ジーナローズの目元が少し黒ずんでいる。
「ジーナローズ様。パージュ様がお見えです」
侍従の声に、ジーナローズは素早く立ち上がり、応接間の方へと急いだ。


ジーナローズが雛祭りの事をパージュに説明すると彼女は喜んでくれた。
アンジェラを溺愛するパージュにとっては嬉しい驚きだったようだ。
尤も、当のアンジェラは意味がよく解っていないようだが。
「雛祭りばんざーい!」
甘酒の他に持参したワインを飲んだパージュはすっかり酔っている。
アンジェラも甘酒で酔ったらしく、動きがおぼつかない。
「あーあ。せっかく姉さんが準備したのに。パージュの奴」
甘酒を口に運びながら、レイジはやれやれといった口調で言った。
ジーナローズも少し苦い顔だ。
「私が幼い頃には雛祭りなんてなかったから、せめてアンジェラだけでも、って思ったのだけど」
彼女は甲斐甲斐しく眠った二人に毛布をかけてやる。
その様子を見てレイジは提案した。
「姉さんの分の雛祭りもやろう」
「え?」
ジーナローズは発言の意味が解らないという顔だ。
「甘酒もあられも残ってるし、何より姉さんだって女子だ。女子の祭なんだろ?」
そう言ってレイジはジーナローズに無理矢理盃を持たせると、甘酒を注いだ。
「我らが魔王ジーナローズの雛祭りに乾杯!……なんてな」
レイジがそう言って笑うと、ジーナローズもぎこちない笑みを返した。
今日は雛祭り。
全ての女子に幸あれ。
そんなことを思うレイジだった。









______________________________________
2014年 5月5日 莊野りず

雛祭りネタはやってないなということで、2でやってみました。ooだと世界観的に厳しいので。
レイジナ分が少なめになってしまいましたが、私の書く季節ネタなんてこんなもんです。
書いた時はアンジェラに出番を!とか思ってたのにパージュが動いてました。



B/Mトップに戻る
inserted by FC2 system