魔界でも人間の風習が広がりつつある。
今日はバレンタイン。
ジーナローズの好きな『愛を贈る日』、である。


【甘くて苦い】


厨房ではヴィディア、ジーナローズ。
そしてギルヴァイスの部下であるディールとフィリスがチョコ作りに精を出していた。
以前市場で大量に買い占めた板チョコが山のように積まれている。
「喜んでくれるかしら?」
ジーナローズはどこか期待したような口調でその場にいる面々に尋ねた。
「大丈夫ですよ!レイジがジーナローズ様のチョコを喜ばないはずがありませんって!」
ヴィディアは少し複雑な顔で言った。
それもそのはず。
ヴィディアの想い人はジーナローズしか見ない。
それが解かっていても少し期待してしまう。
そんな自分が恨めしい。
「ヴィディア様だって全く可能性がないわけじゃないですよ」
「そうです!期待できるだけいいですよ。私たちなんて……」
ギルヴァイスの部下達は期待すら出来ないらしい。
上司が好きなことは前に聞いていたが、好意を伝えてもあの鈍感な幼馴染はレイジの事ばかりで彼女達の気持ちに応えない。
それはヴィディアも人事ながら大変だと想う。
「私は本命がレイジではないわよ?」
「え?」
てっきりレイジにあげるために大量のチョコを刻んでいるとばかり思っていたヴィディアは驚いた。
「じゃあ誰なんですか、本命は?」
ディールが好奇心を隠さずに訊いた。
この真っ直ぐなところを評価すればいいのに、とヴィディアは残念に思う。
「私も気になります!」
フィリスも目を輝かせた。
「ふふ、それは後で解かるわ。それより手が止まってるわ」
ジーナローズは微笑を浮かべながらチョコを溶かす作業に入った。
ヴィディアも負けてはいられないとばかりに包丁に力を込めた。


「なあ、お前はどっちだと思う?」
ギルヴァイスは人の悪い笑みを浮かべた。
レイジは思案顔で黙り込んだ。
「姉さんがオレにチョコをくれるかくれないか、か。難しいな」
「ボクはジーナローズ様は誰にもあげないと思うな」
ユーニは笑ってレイジの希望を打ち砕いた。
「私は既にパージュから貰ってるしな。ジェネラルが魔王からチョコをもらえる方に賭ける」
魔王城の厨房から離れたレイジの部屋で、男性陣はレイジがジーナローズからチョコを貰えるか否かを賭けていた。
言い出したのはギルヴァイス。
レイジの浪費に困っていた彼はレイジ自身の恋の問題を賭け事に利用する事にした。
少し良心が咎められるが、元々レイジが原因なのだ。
ここは記憶を失って丸くなった彼に甘えてもいいだろう。
今のところレイジが貰える方に賭けているのはランガーのみ。
貰えない方に賭けているのはギルヴァイスとユーニ。
この二人はレイジとジーナローズの過去の関係を知っている。
その上での判断だ。
当のレイジはまだ迷っている。
「貰えるか、いや嫌われたかもしれないし……」
過去のレイジとは似ても似つかないくらいはっきりしない。
本当に本人なのかと疑いたくもなる。
「レイジ、いい加減に腹くくれよ」
ギルヴァイスがそう促すと、貰える方に賭けた。


「ギル!恵まれないあんたにチョコよ」
ヴィディアは四角い箱にチョコレートを入れてギルヴァイスに渡した。
その手には包帯が大量に巻かれている。
チョコを刻む時に切ったのだろう。
「サンキュ」
ギルヴァイスは短く言った。
義理だと解かっているのだ。
「あと……レイジ」
ヴィディアはギルヴァイスに渡したものより一回りは大きい箱をレイジに渡した。
以前告白した時には断られてしまったが、好きだと言う気持ちを否定したくはない。
そんなヴィディアの気持ちを悟ったのかレイジは真剣な顔で受け取ってくれた。
「ありがとう」
――やっぱり好きだわ。
レイジの態度でますますその気持ちは強くなった。
「ギルヴァイス様!」
「受け取ってください!」
ディールとフィリスもギルヴァイスに可愛らしくラッピングしたチョコを渡す。
「一生懸命作りました!」
「部下としてじゃなく、女の子として見てください!」
二人は必死にアピールした。
なのにギルヴァイスはどこ吹く風。
「はいよ。いつもありがとな」
その笑顔にディールとフィリスは満足したらしい。
来年はどうしようか、などと明るく話している。
「ランガー、ユーニ、ギルヴァイス」
ジーナローズは小さな袋にトリュフにしたチョコをいくつか入れたものを三人に配った。
「今回の戦いはあなた方なしでは終わらせることは出来ませんでした。本当にありがとう」
魔王直々とあって三人とも少し緊張した面持ちで受け取った。
「それから……レイジ」
その声にレイジは顔を上げた。
三人が貰ったものより大きいサイズの袋に花の形に固められたチョコが入っている。
「あなたは辛いながらも頑張ってくれました。あなたは私の大切な弟よ」
「……姉さん」
大切、という言葉がレイジの心に沁みた。
そしてジーナローズは部屋を出て行こうとする。
「どこに行くんだ?」
「パージュの城よ。本命に渡しに行くの」
その一言で彼女の本命が解かった。
ジーナローズが持っているのは巨大なティディベアの形に加工されたチョコレート。
そう、彼女の本命はアンジェラだ。
そう悟った時、レイジはどうしようもない脱力感を味わった。
今年のバレンタインは甘くて苦い。
まるでチョコレートのようだ。






___________________________________ 2013年 2月13日 荘野りず

バレンタインレイジナ編。
女子の会話も男性陣の期待するシーンも入れたかったので長くなりました。
うちの姉さんアンジェラ好きすぎる。



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