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16、アンクレット(アキリン)


カメラマンのアルバイトは、たまにだが雑誌のモデルの撮影を引き受けることもある。
 現場のスタッフはリンもモデルとして撮りたいとさかんに言うのだが、撮られるより撮る方が好きだからと言って断っている。
もったいないというのが周囲の意見だったが同僚相手に無理強いは出来ない。
その事にリンはホッとしていたのだが、その時だけは違った。
 「リン君って言ったね。君、この特集のイメージにぴったりなんだよ。是非モデルになってくれないか?」
そう言ってきたのは雇い主の編集長だった。
のらりくらりかわしてきたが、相手が相手だ。
 下手をしたら仕事を失うどころか、どこにも雇ってもらえなくなる。
 「……解りました。俺でよければやれるだけやってみます」
そう返事するしかなかった。


モデルをする事になった経緯をアキラに話すと、案の定おもしろい顔はしなかた。
 「なんで断らないんだよ?金なら俺だって稼いでるんだから」
 「……ごめん」
リンは先ほどから謝ってばかりだ。
 昔だったらもっと簡単に言い負かしているのに下手に兄貴を超えてしまったせいなのか。
 「で、なんて雑誌なんだ?」
 怒りながらも興味はあるらしい。
 「……メンズティーン。十代後半向けだってさ」
 「メンズティーン、な」
アキラはカレンダーに『雑誌の発売日』と書き込んだ。
 「いいか?俺以外に素の笑顔なんて見せるなよ?」
それは明らかなアキラの独占欲を感じさせた。
その事は普段クールな分喜びは倍増だ。
 「うん!当ったり前じゃん!」
 久しぶりにアキラのこんなところを見れて、リンは少しだけ雑誌の編集長に感謝した。


 「じゃあ、そこラフな感じで笑って見せようか」
カメラマンの指示通り、リンは作り物の笑顔で目線をカメラに向ける。
 「次、軽くターンして」
 軽やかにターン、これも指示通り。
これで予定していた半分の撮影は済んだ。
だが、すでにリンは疲労で限界だ。
よく他のモデルは涼しい顔をしていられるものだ。
リンは素直に感心する。
パイプ椅子に腰かけて、出されたドリンクを飲みながらそんな事を考えていた。
そこへ件の編集長が顔を出した。
 「どう?モデルも悪くはないだろ?」
 満面の笑みでリンに話しかけてくる四十代くらいの編集長はそうねぎらいらしき言葉をかけて来た。
リンは苦笑するしかない。
 「俺がモデルやるのは今回で終わりにしてくださいよ。何度も言いますが、俺は撮られるより撮る方が好きなんです」
 「本当に残念だ。君みたいな美形に生まれたかった男は星の数だけいるんだぞ?」
そんな事知っちゃこっちゃない、そう言ってやりたかったが上司は上司だ。
 下手に逆らうわけにはいかない。
そこへ他のスタッフがやって来た。
 「編集長、男のアンクレット特集の方なんですが……」
 「何?何かトラブル?」
この現場では基本的に何かアクシデントがない限り、スタッフが直接上司に声を掛けたりしない。
 「それが……モデルの多くが低温やけどしたらしくて……。ほら、この寒さですし」
スタッフはモデルたちを庇うように言ったが、これが編集長の逆鱗に触れたらしい。
 「プロのモデルってのはな、どんな時でも些細な怪我にも気をつけるもんだ。それがプロ意識だろ?違うか?」
 「は、はい。その通りです」
そこで編集長はリンの方を見た。
 「……リン君の義足は左だったね?」
 嫌な予感がしつつリンは頷いた。
 「なら問題ないね。リン君でいこう。右側から撮れば問題ないし」
ここでリンに疑問が一つ。
 「……あの、アンクレットって何ですか?」
 編集長とスタッフは驚いてリンを見た。
 「ああ、リン君はカメラマンだから知らないかもしれないな。足首につけるブレスレットみたいなアクセサリーだよ。夏場にはサンダルにアンクレットをつける女性も少なくない」
それで足かと納得した。
 「さて、それじゃ撮影に戻ろうか。リン君は恋人はいないんだよな?」
アキラとの関係は出来るだけ明かしたくないので、この質問にはイエスと答えた。
 「良かった。アンクレットは左右どちらに着けるかで意味が違うんだ。左は恋人持ち、右は恋人募集中って風に。そうだ、今日のお礼に二つあげよう。もちろんモデルとしての給料とは別で」
そんなの初耳だった。
リンはそのまま引きずられるようにスタジオに連行された。


 後日、バイトの帰りにアキラが例の雑誌を買ってきた。
 「予想以上によく撮れてるな。でもコレ、お前本気で笑ってないだろ?」
アキラはどこか満足げだ。
リンの作り物の笑顔も十分魅力的だが、自分だけに見せてくれる顔の方がよっぽど素敵だ。
 「……実はお土産があるんだ。これ、アンクレットっていうらしいんだけど」
リンがラッピングされていない、撮影で使ったアンクレットをテーブルの上に乗せると、案の定アキラは手首にはめようとした。
しかしぶかぶかすぎて不自然だ。
 「なんなんだ、これは?」
 「これはアンクレットっていう足首につけるアクセサリーだよ。左足につけてると恋人持ちの証なんだって」
リンが編集長が言った通りの説明をすると、アキラは神妙な顔をした。
 「これ、男でもつけるもんなのか?」
 「さあ?でもお互いズボンだし、何より恋人持ちだってアピールできるんならいいと思わない?」
アキラはやはり複雑そうな顔だが、リンが左足首を見せた。
そこには既にシンプルなアンクレットが輝いている。
 意外と男でも不自然さは感じられない。
アキラは無言で自分の左足にもアンクレットをつけようとする。
アクセサリーなど縁のなかった彼にはアンクレットでさえつけるのは難しいらしい。
リンが手伝ってやると、リンのものと同じくシンプルなアンクレットはアキラの足元を彩る。
 「……照れくさいけど、悪くはないな」
 「でしょ」
そして二人で笑いあうのだった。


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 2015年 1月17日 莊野りず

「男でアンクレットってどうなんだろう」なんて思いながら、起承転結全く考えずに書いた結果がこれです。
リンってそこいらの男より断然美形だし、モデルもいけるでしょ!というノリに任せたらこうなった。
ちなみにアンクレットについて調べたら左右で意味が変わるという事を初めて知りました。
……私、そのへん知らずに左につけてました。



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