無分類30のお題 →TYPE2

20、窓の向こう(シキリン→カズイ)


  

広い屋敷だった。
住む屋敷自体も子供心に「広い」と感じられたし、屋敷を囲む木々も「これが『森』なのか」と感じるほどだった。
窓の向こう――外の世界。
そこにはきっと、沢山の生き物がいて、沢山の木々があり、沢山の……名前も知らないモノがあるに違いない。
そう思うと心が躍った。
想像してみるだけでも楽しかった。
幼い自分に与えられた不相応に広い部屋には、大量の幼児向けの読み物があったし、それにより様々な知識を得た。
この生き物の名はこうで、こういう外見で、こういう特徴で、こういう習性があり、こういうところに棲む……。
あくまでも書物から得られたのはそのような『知識』だけだった。
幼いリンが求めたのは違った。
実際にそれらと触れ合うこと、『経験』だった。
当然、今でも十分活動的なリンが何もしなかったわけなどなかった。
毎日両親――特に口うるさい母親に必死で頼み込んだ。
『お願い、外に行きたい!』
そんな息子の願いを、父はともかく、母は微塵も聞き入れようとはしなかった。
『貴方はこの家の後を継ぐかもしれないの。だから、外になんか出なくていい。ただお勉強をしなさい』
口癖のようにそう返ってきた。
そのフレーズは無機質で、機械的な『冷たさ』しか感じられなかった。
味方になってくれそうな父ですらも母の言い分を支持し、リンを外には出さなかった。
それだけリンにとっての窓の向こうの世界は魅力的で、夢中になるモノだった。


だから、兄が連れ出してくれると言い出した時の喜びも半端ではなかった。
彼の母親はどうしているのかは、まだ幼いリンには理解できなかった。
そもそも兄は元からそこにいるのが当たり前なのだと考えていた。
それもそのはずで、兄がそう言ったのはリンがまだ六歳の頃。
物事が理解できないのも当たり前。
それだけ幼かった。
『外に連れて行ってやろう。……ただし、お前の母親には内密に』
『内密』という言葉の意味はまだ理解できなかったが、兄の表情やジェスチャー、それから言っている内容から、『内緒』という意味だと解釈した。
窓の向こうへの憧れは最高潮の時期だったし、今にして思えば、兄はそれを狙っていたのだろう。
……認めたくはないが、自分より遥かに出来がいいのだし。
そして今となってはおぞましいことに、彼の、まだそれほど骨ばってはいないが頼もしい手を取って、念願の窓の向こうへと出たのだった。


窓の向こうには、リンが想像していたモノより沢山のモノがあった。
いや、『あった』という表現は違うかもしれない。
『存在した』というべきか。
辺り一面に広がる大小の木々、花々、昆虫、そして何よりも自然の風。
それが頬に当たる感覚は、文字通り生まれて初めてだった。
『くすぐったい』
それが感想だったのだが、決して不快ではなかった。
むしろ今まで焦らされていた分のご褒美のように感じられた。
無邪気に初めての世界を堪能する『弟』を、『兄』はぎらついた瞳で見つめていた。
この『兄弟』の年齢は大体一回り離れていた。
ちょうど『兄』は性的な事に敏感になる年頃だった。
当然、そんな事情など、幼い『弟』には解らない……。


「くそっ!」
また、夢に見た。
『あの時』の、文字通り『悪夢』を。
幼かったとはいえ、『あの男』相手にはそんな言い分など通らない。
彼は幼い自分をその『処理』に『利用』した。
……その事実だけで自分が嫌になる。
「リン!」
自分の声で目が覚めたのだろう、カズイが心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたんだ?何か悪い夢でも――」
「なんでもない」
心配してくれる大事な『片思い』の相手に、よりにもよってこんな話など出来るはずがない。
こちらの考えを察したらしい彼は、それ以上何も言わなかった。
「……俺は、大丈夫だ」
その一言が限界だった。
嫌な汗が伝っているのが自分でも解るが、それを追及してこないカズイの優しさには、涙が出そうなくらい嬉しかった。



________________________
2015年 6月30日 莊野りず

リンの初めては九割越えの確率でシキだと思っています(いきなり下品ネタですみません)。
あの鈍いアキラでさえ「何かあったのか?」なんて悟られるくらいですし、内心ではあの時もかなり動揺していたのでは?
何て妄想が広がるわけですよ。
そしてリンも、「憧れで要は大好き」だったからこそのあれだけの憎しみなのだと思いますし、実際そうでしょう。



inserted by FC2 system