姉さんを殺そうとしている奴らの前で『自分を殺せ』と言い出す。
そんな彼女に腹が立った。


【ジェネラルの兆し・1】


人間軍との戦いが始まる直前に、ある約束を交わした。
彼女はにべもなく、それを了承した。
俺の考えも知らずに。
その愚かさがいっそ快かった。
戦闘で俺が人間をあまり殺さずに天幕に戻ると、満面の笑みで迎えてくれた。
その無防備さには、いっそ感謝したくなる程だった。
「有難う、レイジ。人間を殺さないでくれて。約束通り、なんでも願いを聞くわ」
その時の俺の顔は、きっと姉さんにも見えていなかったのだろう。
もし見られていたら、この話も反故にされていたに違いない。
「……じゃあ俺は、姉上と一時を共にしたい」
これがどんな意味を示すかなど問題ではない。
どうやって二人きりになるかが重要なのだ。
ジーナローズはあっさりと頷いた。
そして微笑みながら、こんな事も呟いた。
「レイジったら、最近悩んでいるようだから、何かと思えば……」
この言葉に、ギルヴァイスらは凍りついた。
勿論、ジーナローズには他意がないことは明らかだが、この言葉による被害は甚大だった。
それにも構わず、彼女は続ける。
「私の天幕にいらっしゃい」
ジーナローズは事も無げに言ってのけた。
レイジは明らかに興奮の色が冷め切らない。
彼の気持ちを知っている身としては、心中穏やかではなかった。


夜間。そこはジーナローズ――魔王が眠る場所であり、本来は誰も近づく事は出来ない。
ただ一人、本日魔王の愛を独り占めにする――少なくとも本人はそう思っている――レイジを除けば。
「……姉さん、俺だよ、レイジだよ……」
レイジがそう囁くと、周りの虫の音が響いた。
ジーナローズは人間の文化も、その側面も愛していたから、敢えてこの場所に天幕を張ったのだろう。
それがカンに障る。
だが今日は不問にする。
レイジはわざと疲れた声を出した。
「……俺、疲れた。人間を殺さないようにするのも疲れたし。もうジェネラルなんてどうでも良い」
そう言って、ジーナローズの太腿に頭を埋める。
ジーナローズはどうすることも出来ずに沈黙した。
レイジがもし、人間たちを庇い過ぎたせいで戦えなくなったらどうなるか?
きっと天使には敵いはしないだろう。
それどころか人間たちでさえ、天使は虫を殺すかのようにあっさりとその命を奪うだろう。
その時、戦うことの出来ない自分は何も出来ない。
結局自分はレイジに頼るしかないのだ。
「……俺は、俺の願いは、姉さんだよ。姉さんを抱きたい」
――レイジ、私の大事な弟。
それなのに、私はレイジの好意を利用している。
考えれば考えるだけ、レイジには申し訳なく思えてくる。
だって、記憶を失ったのも元はといえば私のエゴ。
大事な大事な人間と、たった一人の弟。
それを天秤にかけても、傾いたのは人間。 「どうぞ」
頬にあたっても擦れない様に、レイジの頭をそっと包み込む。
レイジが少年のように微笑んだ。


それから何があったんだっけ?
覚えているのは、唇にレイジのそれが触れる感触だけだった。
レイジが口付けの際、自分に口移しで飲ませたものは、強力な健忘と記憶障害を引き起こす薬だった。
これは以前、フォレスターに頼んで調合してもらったものだ。
予想より完成度が高いらしい。
ジーナローズがその夜見たものは、まさしく悪魔の笑みだった。


朝、レイジは乱暴に身体を起こすと、シーツに流れる髪を愛し気に触れた。
その髪の持ち主はすやすやと寝息を立てている。
昨日の事など覚えていないだろう。
――そう、それで良いのだ。
自分が彼女のために記憶を捨てたように。
彼女も愛する者の記憶に苦しめばいい。
そして、その代わりに、それ以上に、俺の記憶で満たせば良い。
「愛してる、誰よりも。失った記憶は俺が埋めてやる」
――それは酷く甘い愛の告白。
ジーナローズの記憶は彼の手の中にある、
そう、焦る事はないのだ。












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2012年 6月16日 荘野りず

サイト復帰一発目が、やはりレイジナでした。
前のサイトのブラマトシリーズ一本目もやはりレイジナでした(笑)。
どちらも愛の表現戦から始まっているあたり、私は相当このバトルが好きなようです。
今回は最初から黒いジェネラルから始めてみましたが、これからどうなるのかお楽しみに!


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