「レイジ、ねえ、レイジ!出てきて!」
昨夜の余韻を愉しんでいたレイジは、ヴィディアの騒がしい声を聞いた。
まだ隣で眠っているジーナローズの髪を弄びながら、服に手をかけた。
剥き出しの胸に上着の金具がガチャガチャと音を立てる。
「……うるさいな」
苛立ちが口をついて出た。
無論無意識のうちにだ。
ゆったりとした動作でベッドから降りると、そのまま天幕の出入り口へと向かう。
「……私の……可愛い、……」
ジーナローズの小さな寝言が聞こえた。
『可愛い』の後に続く言葉を想像すると、途端に不快になる。
まだ彼女の記憶操作は完璧ではないらしい。
やはり自分が創り出した生き物の記憶は、そう簡単ではないらしい。


天幕から出ると、予想通りヴィディアの他にギルヴァイスもいた。
「遅かったなレイジ。……まさかお前、ジーナローズ様に――」
「ヴィディア、そんなに急用なのか?」
ギルヴァイスの言葉を途中で遮る。
何が言いたいかなどお見通しだ。
ギルヴァイスは口を噤んだ
「ええ、ゲートが使えるようになったから、天界に乗り込もうってギルが」
ヴィディアは慌てて付け加えた。
「ジーナローズ様だって、人間たちを戦いから解放してほしいって言ってたし……」
――また人間だ。
昔から彼女はいつもそうだ。
自分たち悪魔よりも人間を何よりも優先させる。
挙句の果てには自分自身までも捧げるほどに。
そんなところは昔から大嫌いだった。
レイジが黙り込んでいると、再びヴィディアが口を開いた。
「あたしだって人間は嫌いだけど、ジーナローズ様が。レイジだって、そんなジーナローズ様だから好きなんじゃないの?」
ジーナローズを復活させる前、ヴィディアはあからさまに好意を寄せてきた。
記憶を失っている間も、ヴィディアはジーナローズの事を話す時は顔を曇らせた。
それでも彼女なりに魔界のためを思って、レイジの為を思ってそうしたのだろう。
だがレイジは彼女の想いには応えなかった。
断ったときは自分でもよく解らなかったが、今ならよく解る。
最初からジーナローズ以外の女は論外だったからだ。
そのジーナローズは人間ばかりを愛している。
……いくら記憶を操作しても、人間を思い出させるものが存在する限り、完全には消えない。
ならば大天使長メルディエズを殺してしまえば良いじゃないか。
レイジはそう結論付けた。
「……俺は人間が嫌いだ」
低く呻く。
「え?」
ヴィディアだけではなくギルヴァイスまでぽかんとした。
「勿論天使も嫌いだ。だからメルディエズを倒すのは人間のためじゃない」
それだけ言って、剣を装備しなおすために天幕へ戻った。


【ジェネラルの兆し・2】


「よーし、これでOKだ!」
ギルヴァイスは嬉しそうにゲートのコードを繋いだ。
これで天界に行ける筈だ。
「早く天使と遊びに行こうよ〜!」
ユーニはすっかりはしゃいでいる。
「本当にこれが最後なんですね」
ディールは心底嬉しそうだ。
「レイジ、お願い彼を倒して」
迷った挙句、ジーナローズも連れて行くことにした。
戦闘に参加させるつもりはないが、いつ魔界に天使の全軍が襲ってくるかも解らない。
早速ゲートを起動して、天界へと急いだ。


「待ちかねたぞ、悪魔ども」
天界では剛の天使・エルラザクが待っていた。
記憶が戻ってから改めて見ると誰かに似ている気がする。
そうだ、ユーニがボロボロにしたキャンプにいた女天使に似ている。
「我が妹の仇……」
血の涙を流すかのようなエルラザク。
その姿に初めて親近感を覚えた。
――そうだ俺も。
人間どもから彼女を守りきれなくて。
ただ見ている事しかできなくて。
その悔しかったときの血の涙。
きっと当人たちには俺たちの気持ちなど解っては貰えないのだろう。
気持ちはよく解るが、ここで同情して負ける訳にはいかない。
レイジは剣を鞘から引き抜くと、体重をかけやすいような姿勢をとった。
瞬間、天使の羽根が舞い散る。


そして、ついに訪れたメルディエズの私室。
天界は光に満ちているが、ここは格別だった。
「メルディエズ!どこだ、出て来い!」
叫ぶようにそう言うと揶揄うような声が聞こえてきた。
「お前の弟はずいぶんと礼儀知らずだな、ジーナローズ」
彼の背には輝く四枚の羽根があった。
「綺麗。……欲しいなあ」
ユーニが唾を飲み込んだ。








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2012年 6月19日 荘野りず

本編の最終戦スタートです。
このレイジは、仲間に出来るキャラを全て無くしてきたレイジだと思って下さい。
残酷なレイジは書いていて楽しいです。


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