無分類30のお題 →TYPE2

6、茶封筒


  

ごくささやかな、でも生活する分には節約すれば何とかなる程度の金額の給料。
それはいつも茶封筒に入れられて、アキラに直接手渡される。
その日はちょうど給料日、リンもバイトが休みの日。
さぞや楽しい一日になるだろうと期待していたが、その茶封筒が原因でトラブルが起きた。


リンがバイトから帰る前に自分がどれだけ稼いだかと確認のつもりで茶封筒を手にする。
今月は残業も引き受けたし、いつもより多いはずだ。
余裕があればリンと一緒に焼き肉を食べに行くのもいいかもしれない。
なんて事を考えながら、中身を確認。
「……やけに薄い」
諭吉が少なくとも十枚くらいは入っているはずだ。
それなのにこの薄さは何だろう。
封筒をひっくり返して出てきたのは、三つ折りにした便箋が二枚。
これには流石のアキラも混乱しきり。
一応自分宛てのはずだし、文面に目を落とす。
『俺にはもう耐えられなくなったので、やめます。身勝手ですみません』。
そう癖のあるリンの字が便箋に広がっていた。
「やめるって……何を?」
アキラの頭に浮かんだのはこのぬるま湯のような同棲(男同士でもそう言うのかは甚だ疑問だったが)をやめるという事。
トシマで誘ってきたのはリンの方からだったし、今もそれは変わっていない。
先に『信じる』という事を望んだのはリンの方だったはずだ。
昨日もバイトに出る時もいつも通りの、明るくて屈託のないリンだった。
それなのに、このいきなりの掌返しには頭がついていかない。
すっかりアキラの頭の中からは給料の事は吹き飛んでいた。


「たっだいま〜!やっと休みだよ」
いつもの調子でリンが帰宅した。
すっかり寒くなたので、マフラーは欠かせない。
リンはリビングで落ち込んでいるアキラには気づかずに、マフラーとジャケットをハンガーにかける。
「アキラも給料日だったんでしょ?今月は頑張ってたもんね。いくらくらいだった?」
リンの言動はごく普通のものだ。
しかし一度見てしまった茶封筒の中身に、アキラは動揺を隠せない。
「……リン、ちょっとそこに座れ」
リビングからダイニングに移動していたアキラは、ダイニングテーブルの椅子に座るよう促す。
「いきなり何よ?……あ、もしかして限定ソリドデミグラスソース味食べちゃったの気にしてる?」
そんな事をしていたのかと少し怒りを覚えつつ、アキラは例の茶封筒をリンの前に置いた。
何の事なのか、リンには見当もつかないらしい。
「これに思い当たる節は?」
「え?これってアキラの給料じゃないの?」
どうやらとぼけているわけではないらしい。
リンの表情には疑問符が浮かんでいる。
「……本当に、思い当たる節がないんだな?」
アキラが再度確認すると、リンはうんざりした。
「しつこいよ!何が言いたいの?言いたいことがあるならはっきり言ってよ!」
「じゃあ言うけどな、お前、そんなに俺との生活が嫌になったのか?」
アキラが半ばやけになって言ってやると、リンはまた表情を変えた。
「はぁ?」
何の事か混乱しているように見える。
「その中身、お前が書いたんだろ」
その言葉で合点がいったようだ。
「これね。ああ、そういう事か」
一人で納得するリン、釈然としないアキラ。
「どういう事だ?」
「アキラさ、自分の給料袋と俺の辞表を勘違いしたんだよ」
「はあぁぁぁ!?」
思わず脱力するアキラと、あくまで淡々としているリン。
「今の勤め先さ、最近上司が変わって、俺狙いで逆セクハラしてくるんだよ。だからやめて、他で働こうと思ってさ」
アキラがまだ脱力していると、リンは優しい目でアキラを見つめる。
「……でもアキラが俺との今後を心配してくれたってのは嬉しいよ。ありがとう」
リンのフォロースキルは年々上がっている。
このままいけばどれだけ時間が過ぎても大ゲンカとは無縁か、とあまりにもくだらない事の顛末について誤魔化すアキラだった。


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2015年 3月1日 莊野りず

今時給料を茶封筒で渡すのは珍しい(昔は父の給料が茶封筒で手渡しだった)。
きっと第三次世界大戦で銀行などのシステムも進んでいないんでしょう。いや、そういう事にしておいてください。
勘違いネタはクールキャラがやってるとなんか面白いので好き。




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