無分類30のお題 →TYPE1

14、弦(シキ→リン)


  

「……」
放った矢は狙い通り的の中心を射た。
真っ直ぐに、全く逸れる事もなく一直線に的に向かって飛んでいく矢。
その動きには全く無駄がない。
「……」
シキはただ無言で、次の矢を弦につがえる。
集中を必要としなくても、矢は当然のように再び的の中心へ進む。
もう一度、矢をつがえようとして、やめた。
弦がいつの間にか撓んでいたからだ。
「……」
矢は弦がなければ放てない。
――まるであいつのようだ。
細い矢。
その形は美しいと思う。
なにひとつ無駄のない、原始的な武器。
だからこそシキはこうして、たしなむ程度だが弓道にも興味を持った。
――あいつは矢のようだな。
歳の離れた弟は、なにかにつけて自分に構って欲しがる。
素直にそう言う事もあれば、態度で察してもらいたがることもある。
――わからんな。
その甘ったれた弟の神経が全く理解できない。
父が望むのは、圧倒的な『強者』。
その跡継ぎとして期待されているのが自分と、まだ幼い弟。
そのふたりだけだ。
なのに弟ときたら遊びにかまけてばかりで、強さを身につけようとしない。
――あいつは俺の引き立て役に過ぎない。
誰がどう見ても自分より劣る。
そんな、永遠に自分を越えられないであろう『愚弟』が、『嫌い』ではないのはなぜなのだろうか。
「……」
ずっとその事を考えてみるが、望む結論が出たためしは一度もなかった。


トシマで、再会した弟は実家にいたあの日に比べて、格段に成長していた。
もっとも、それを促したのは他でもない自分なのだが。
あの時、弟が最も大事にしていた『仲間』を殺したのは、ただの『仕事』だからではない。
気に食わなかったからだ。
嫌いではない弟を自分から引き離すような者たちならば、排除すべきだ。
いつまでも弟を取られたくないのならば。
だからそうしたまでだ。
そんな単純な事も、愚弟は理解できないようで、うっとおしい雄猫のように飛びかかってくる。
雄猫という通り名は、弟にはぴったりだと思った。
常に自分に構って欲しくて、常に自分を追いかけてくる。
雄猫の習性そのものだ。
その弟は、いつも自棄を孕んだ目で自分を見る。
――馬鹿が。
そんなことでこの自分に勝てると思っているのならば、愚弟を通り越して豚児とでも呼ぶべきだ。
いや、それでも足りないくらいだ。
トシマではそれが日常茶飯事だ。
しかし、終幕はいずれはやってくる。


「シキ、今日こそあんたを殺す」
相変わらず、威勢だけはいい。
その点は素直に評価できる。
この日の弟は様子が明らかに変だった。
苦しみつくして、「早く楽になりたい」とその蒼い目が語っていた。
――ならば、望み通りに殺してやろう。
「くそっ!」
そう悔しそうな表情を浮かべるが、実の兄弟なだけに、本音は態度ですぐにわかる。
――せめて苦痛は与えない。
シキは容赦なく弟の頸動脈に刃を当て、一気に喉笛を切り裂いた。


「……なにかあったのか?」
拾った『雑魚』がそう訊いてきた。
それほどまでに自分の様子は変なのだろうか。
――俺が弦だと思っていた。
互いに幼かったあの日の事を思い出す。
自分が弦で、弟は矢だと思った、あの日。
――弦はお前だったのか。
シキは声にならない声で弟の名を呼んだ。
それは当然、『雑魚』には届くことがなかった。


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2015年 5月23日 莊野りず

シキリンもたまらなく好きです。
バッドエンドも大好きです。
……そんな訳でこんな話。
たまには淡々とした文章も書きたい気分になるんですよ。





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