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27、虚構


  
「シキィ!今日こそお前を殺す!」
両手にスティレットを構えたリンが、シキの行く手を阻む。
「……相変わらず、騒がしい猫だ」
彼は黙って日本刀を抜いた。


リンの相手をしながらいつも思う。
自分のしたことは間違ってはいなかったと。
あれだけ回りくどい事をしなければ、今現在、弟の心は別の男の者のままだ。
そんなのは嫌いだ。
自分以外の男が好きな弟など潰してしまえばいい。
でもそれをあえてしないのは、毎回無様に敗れても執念深く追ってくる弟が、堪らなく愛おしいからだ。
我ながら歪んでいると自重しつつも、リンのスティレットを刀で弾く。
「くそっ!」
心から自分の非力さを呪う弟の、なんと愛らしい事か。
今すぐにでも抱きしめて、絞殺してやりたくなる。
そんな欲望を必死に抑えて、シキは言い放つ。
「……タグを集めてコロシアムに来い。いいものを見せてやろう」
「なんだと!?」
無防備なリンの首筋に日本刀を当てたい衝動を抑えて、あくまでも静かに言う。
「コロシアムに来い。いいな?」
それはシキがリンを挑発する時の冷たい瞳だった。


リンは必死にタグを狩った。
シキの挑発は解っている、勝てないという事も、悲しい事実として理解している。
それでもケリはつけなければならない。
死んでいった仲間たちのためにも、生き残った仲間たちのためにも、そして自分自身のためにも。
殺されるかもしれないという恐怖など、もはやリンにはない。
彼にあるのは兄に対する明確な殺意のみ。
時間はかかったものの、どうにかタグを揃え、王への挑戦権を手に入れた。
――これでやっと叶う、そして、終わらせられる。
誰もが死を覚悟する王との戦いを前にしても、リンの心は高揚していた。
いや、死ぬかもしれないからこその高揚だった。
「シキ、いや、イル・レ。約束通り、俺はここに来た!」
舞台装置の整ったコロシアムにはリンとシキしかいない。
処刑人とアルビトロは高みの見物だ。
……そのはずだった。
「ほう。愚弟がラインにも頼らずここまで来れたことは褒めてやろう」
ここでシキは信じられないほど優しく笑った。
実家にいた後機でさえ見せたことのないような、全てを包み込むような慈愛の笑み。
「褒美だ。お前が俺に執着するのはこれらのためだろう?」
サーカスの猛獣でも入れておくような織がそこらじゅうに置かれていた。
上から布が被されていて、中身は解らない。
「布をどけろ」
アルビトロの声が響く。
シキと予め打ち合わせ済みなのだろう。
何があっても驚かない、リンはそう思っていた。
ここは無法地帯なのだ。
いまさら何を恐れたりするものか。
じっと織を見つめていると、布が下ろされ、中身が解る。
「……なっ!?うっ、嘘だ!?」
織の中に詰め込まれていたもの。
それは生きた人間で、リンがよく知る者たちのものだった。
「カ、カズ……イ?」
生きていることは解るが、誰もかれもが息も絶え絶えだった。
「ど、どうして。お前らはもう……」
「死んだはず……か?」
シキが口角を上げて微笑んでいた。
「お前には執念が足りなかった。俺への絶対的な殺意、それがないと俺がつまらん。あの時殺したお前の仲間はただのよく出来た人形だ」
珍しくシキは饒舌だ。
「つまりは、お前が俺を怨み、追ってくることの理由そのものが虚構だった」
「そん……な」
リンはその場で崩れ落ちる。
あれだけ何もかもを捨てて追ってきた事の原因が……すべて虚構?
しかも無事だったはずの仲間は再び目の前で瀕死の重傷を負っている。
中には手足が一二本もげている者もいる。
カズイも左足から先がなかった。
「リン、逃げるんだ!俺たちの事はいいから!」
カズイが必死に叫ぶ。
他の仲間はあくまで助けを求めるのみで、うずくまっている者ばかりだ。
「にげる……?嫌だ、俺は――」
優しい手がリンの肩に乗る。
取り乱したリンはそれが誰のものなのかも明白なのに、振りほどかなかった。
無理矢理両手を拘束されて、はぁ締めてそれがシキのものだったと知る。
「……アルビトロ」
「はい、イル・レ。準備は万全です」
アルビトロが部下の男たちに指示を出すと、悪趣味としか思えない、彼のコレクションでる拷問道具一式が運ばれてきた。
大義を失ったリンの頭ではこれ以上何も考えたくはなかったが、嫌でもこの先の展開が解ってしまった。
「嫌だ……!離せ!」
シキはリンの耳たぶを優しく噛む。
「……あれだけ大事だった仲間の前で、俺がお前を最高に可愛がってやろう。みんな興味津々のようだぞ?」
あまりにも優しすぎるその囁きに、リンは全てに絶望した。




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2015年 2月18日 莊野りず

たまーに(あくまでですよ?)、こういう胸糞悪くなる話が書きたくなるんです。
所謂「愛なし」?
一応シキにも愛情はあるんだけど、歪み切ってるからこうなっちゃうってだけです。
リンの復讐という大義がなくなった(虚構だった)時、彼はどうなるのか考えながら書いたんですが、救いなさすぎですね。



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